弥生始動します Vol2

 まだ明けきらない薄闇の中で雀の声が聴こえる早朝に、あたしは静かにベッドから降りたわ。

 カーテンを開けボンヤリと空を眺め、寝惚けて霞んでる頭に思考が戻って来るのを待ってるの。

 お陽さまが昇るに連れ次第に彩ずく空は不思議なグラデーションを醸し、気怠さに弛緩する瞳に素敵なひと時を魅せて優しく迎えてくれる。

 この季節のこれくらいの時間にマグカップのコーヒーを片手に窓辺で佇むのはあたしのお気に入りのひとつ。


 昨夜は早目にベッドに入って寝つきは良くなかったけど、それでも睡眠は充分に摂れて体調も気分も良いわ。

 今日これから待ってる事に期待が膨らむわね。

 あたしはパッケージングしたバックに自然と眼が向き、微かに熱を帯びた内側から込み上げる感情に気付く。

 そして微笑み、本当はどこかの幻想の中で微睡んで居るのでは無いかって――そんな錯覚に囚われてしまいそうになるの。



 あたしは姿見の鏡で確認すると昨夜に荷造りしたボストンバックを取り上げ大きめのストラップに腕を通し肩から吊るす。

 本日の装いは光加減ではホワイトにも視える淡いアイボリーのワンピに、足元はキャメルの編んだサンダルを履いて少し早いけど夏のコーデと云ったところね。

 このワンピに合わせ髪はふんわりしたイメージにしたくて、緩く一本に編む三つ編みと悩んだけどブローだけに留める代わりにストローハットを被って行くわ。

 これでブリムが大きくて眼深なハットを被ったら深窓の令嬢みたいなコーデだけど、あたしは持ってないから無いもの強請りみたいものね。ふふふ。

 それに深窓の令嬢ってキャラでも無いからきっと借り物みたいで似合わないわよ。


 お部屋のドアを閉めてロックしたら、脚取りは軽やかに駅までお散歩する気分で行きましょ。

 もしお仕事の日なら丁度目覚ましのアラームが鳴るくらいの時間ね。

 いつもより少し早い時間にお外を歩くだけで、見慣れた景色も違う彩を纏って感じるから不思議だわ。

 周りの空気も心なしか新鮮に想えて、ラジオ体操に時みたいに深呼吸したくなるくらいよ。

 でもそんな事はしないけどねっ。

 だって流石にあたしでもやっぱり恥ずかしいじゃない。


 いつもの駅のいつもの電車に乗って先ずは新幹線に乗る為に東京駅へ向かうの。

 そうだわっ!

 折角だし東京名物お土産の定番で銘菓『とうきょうバーなな』も買ってお土産に追加しましょうかしら。

 生まれた時から東京に住んでるあたしも、ウェブでしか視た事の無い幻のお土産なんて神秘的なんじゃない?

 師匠や彩華さんは食べた事も在るって云ってたからお味の方は心配ない筈ね。

 きっとバナナフレーバーのスポンジケーキって感じだと勝手にイメージしてるけど興味が唆られるわ。

 もし単品でも売ってたら新幹線の車内であたしのおやつにするのも良いわね。

 そうそう。おやつと云えば冷凍みかんも忘れずに買わなきゃ。

 ご飯とお味噌汁がセットなように電車を使っての旅には必需品って感じでしょ?

 また愉しみが増えてしまって、素敵がいっぱい溢れ出して来るじゃない。

 


「すみません。『とうきょうバーなな』を探してるのですが、こちらに置いて在りますか?」


「御座いますよ。何個入りの商品をご所望ですか?」


「そうですねぇ……十個前後の箱詰めだと良いのですが」


「それですと売れ筋の八個入りがこちらになります。お包みしましょうか?」


「ちょっと想っていたより小さいので、もう少し数を増やそうと思います」


「そうですか、では十二個入りですとこちらですね」


「これですと丁度良いのでそちらをお願いします。それと単品での販売は無いですか?」


「申し訳御座いません。ここでは単品での販売は致して居りません。如何されますか?」


「それではこの十二個入りだけで結構ですのでお願いします」


「畏まりました。少しお待ち下さい」



 フッフッフッ。「とうきょうバーなな」ゲットしたわよ。

 初めてお目に掛かって商品ディスプレイも視たけど美味しそうで良かったわ。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんは喜んでくれるかしらね?

 夢中になってリスさんみたいに、お口いっぱいに頬張って食べてくれると可愛らしくて良いのだけどっ。

 あとはさっきの店員さんに聞いた冷凍みかんを売ってるお店に寄るのと、コーヒーショップでテイクアウトすれば出発前のお買い物は全部ね。


 あたしは順路的に先に在ったコーヒーショップで『本日のブレンドコーヒー』をテイクアウトしてお目当ての冷凍みかんを売ってるお店を探したの。

 そして在ったのよ。冷凍みかんはね――

 でもねぇ……カチンコチンに凍っていて、新幹線の短い乗車時間では食べられるまで溶けそうに無いのよ。

 だからこれもお土産に予定変更してフェイスタオルに包んでバックに入れたわ。

 きっと向こうに着く頃には丁度良い感じに溶けてると思うわよ。

 車内でのおやつは全敗しちゃったけど、お土産が増えたから良しとしなきゃねっ。

 その代わりにコーヒーのお供に売店でビターチョコを買ったわ。


 出発準備が整ったあたしは、窓口で新幹線のチケットを購入してホームで列車が到着するのを待ったわ。

 因みにまだ早朝に近い時間だから指定券は購入しないで自由席にしたの。

 もし混んでいて座れない様なら車内で座席指定に変更すれば良いだけだしね。


 それでは出発進行~。ヨーソロー。な・ん・てっ。

 いってきまぁ~す。

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