沈黙は擦れ違いの始まり Vol6

 お部屋の照明を間接照明に切り替えて、囁かれるような声に何処かうっとりしながら聴き入るあたしが居るわ。

 これもきっとワインの所為ね。そう……ワインの所為なのよ――

 気怠さも相俟ってリラックスしてるのも全部ワインの――

 ううん……違うのも解ってるの……でも今夜だけは――

 だからいつもよりゆっくりなテンポでお喋りしてるわ。

 きっと油断していたのね。

 その瞬間が訪れるまでは――



「ねぇ。何でメッセじゃ無くてコールして来たの?」


「そうだなぁ。メッセだとタイムラグの在るだろ? それで誤解が誤解を招くのは避けたかったからかな」


「誤解って? お返事が遅かったのは事実じゃない。どこを誤解するの?」


「メッセって文字だろ。それだとニュアンスって伝わらないから今夜の弥生ちゃんと話すには擦れ違い過ぎると想ったんだ。声を聴きながらだとニュアンスも伝わり易いから余計な擦れ違いが招く誤解も無くなるかなって感じだよ」


「そうね。とっても合理的だと思うけどもっと何かないの? あたしの声が聴きたいからとか云ってくれても良いのよ」


「そうだな。弥生ちゃんの声も聴きたかったかな。久し振りだし。良い機会だろ?」


「えっ?――あっ……う、うん――卑怯じゃないっ。そんなストレートになんてっ。もっと照れながらとか可愛らしくしてよねっ。そんな普通に嬉しくなるようなお返事するなんて――あたしが困るじゃない……」


「だって、弥生ちゃんが振って来たんだよな。だから俺は応えただけだけど。困るのか?」


「困らないけど困るのよっ。もうデリカシーが無いわねっ。どうなっても知らないんだから……」



 もうっ。なんでこう云う時だけド直球なのよっ。

 あたしの欲しかった言葉だけど……もっと……ねぇ? はにかみながらとか照れながらとか色々在るでしょ?

 あんな風に云われちゃったらあたしは頭が真っ白になっちゃって何も云えなくなってしまうじゃない。

 実際に照れ隠しに必死になって誤魔化すしか出来なかったのだけど……


 ムリネ。アナタ ワ ヘンカキュウ ダト ミノガス デショ?

 アノ クライ デ チョード イイ ノヨ。


 失礼ねぇ。少しくらいの変化球ならちゃんと打てるわよっ。スルーなんてしないわ。

 でもあたしの顔が熱いのはお酒の所為よね?

 そうでしょ? うん。お酒の所為だわ。きっと。

 ドキドキしてるのも全部お酒が原因よね。

 そうだわ。そうじゃなきゃ困るもの。いまだけはね――



「どうした? 黙り込んでしまって。もしかして眠くなったとか?」


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと考えてしまったのよ」


「ん? 何を考えてた?」


「内緒よ。ナイショっ。女の子には色々在るの。お分かりかしら?」


「何となく分かるような? 判らないような? まぁ、だけど解かったよ」


「ふふ。今夜はそれで許してあげるわね。なんだか少し眠くなってしまったかも知れないわ」


「そうか。それじゃ切るか? 少し名残惜しいけどさ。また直ぐ逢えるし」


「待って。あたしが眠るまでお話ししてくれない? 眠ってしまったら切って良いから」


「良いけどさぁ。子守唄は唄ってやれないぞ?」


「そんなの期待して無いわよ。お馬鹿さんねっ」


「その代わりにちゃんとベッドで寝るんだぞ。解った?」


「うん。そうするわ。ちょっと待って。いまベッドに入るから」


「オッケー。布団も掛けるんだぞ」


「ちょっとぉ。お父さんみたいよ。それって可笑しいわね」


「俺は弥生ちゃんの親父さん位の歳じゃないぞ? せめてお兄さんくらいで頼む」


「物の例えじゃない。真に受けないの――良いわよ。ベッドに入ったわ。お話しして? お約束したでしょ?」


「了解。どんな話をご所望なんだ?」


「どんなお話しでも良いのよ。お話しが聴きたいのじゃないのだから――」

 


 あっ……あたし何を云ってるのかしら……

 もう少しで全部云っちゃう所だったわね。危なかったわ――

 まだ云える訳なんて無いじゃない。


『貴男の声を聴きながら眠りたいだけなのよ』


 なんて云えない――

 そうよ。これはワインで酔ってしまったから。

 元をただせば璃央さんがあたしを放って置いたから。

 それだけなんだから……

 だから、今夜は甘えん坊さんなの。今夜だけよ――


 何かお話しをしてくれてるけど内容なんて解らないわ。

 ただ璃央さんの声が心地好く耳の奥で響くだけ。

 瞼を閉じて聴き入ると包まれる気がするだけなの。

 そして眠りの深淵に少しずつ惹き込まれて次第に意識が遠くに離れて行くわ。

 だからこのままで良いでしょ? ねぇ――



 《貴女はこのままお眠りなさいな。ここからはアタシの出番よ。直ぐそこにあの子が来てるのだもの》


 《やっとママは眠ってくれた? 僕は君とお話しがしたかったんだ。ずっとね》


 《そうなの? それは光栄だわ。アタシも貴方と話したかったのよ。あの娘抜きの内緒でね》

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