沈黙は擦れ違いの始まり Vol5

 ホンット ニ メンドクサイ オンナ ネ。アナタ!


 ごめんなさい。あたしも遣り過ぎたって気が付いたわ。だから――


 アヤマル アイテ ワ アタシ ジャナイ デショ? ハンセイ シナサイ。


 うん。そうするわ。

 ちょっと放って置かれたくらいで拗ねるなんて子供じみてるわよね。

 少しくらい拗ねた方が可愛らしいって雑誌の記事に在ったけど、経験の少ないあたしには匙加減なんて解らないのだからハードルが高過ぎたみたい……

 あの記事はビギナーレベルじゃなくてマスタークラスがスパイスにする為のテクニックなんだわ。

 これからはあたしも女を磨いて高等テクニックをマスターするわよ。

 そしてリベンジするのだからっ。


 ダ・カ・ラッ。 ロンテン ソコ ジャナイワヨ。



「璃央さん。改めてなのだけど、ありがとうって云わせて」


「分かったから何度も云わなくても充分だよ。本当に気にして無いから」


「違うの。いまの『ありがとう』はあたしのバイクを作業してくれた事になの」


「あぁ、そっちか。『それならどう致しまして』だな」


「まだ時間は掛かるのでしょ? 待ち遠しいわ」


「バイクが恋しくなった? それなら明後日には最終チェックも終わるから、早ければ今度の週末にでも大丈夫だよ」


「えっ? 今週末に大丈夫なの? 念の為に聞くけどそれは嘘じゃ無いわよね?」


「そんな事に嘘吐いて何になるって云うんだよ。大丈夫。嘘は云ってないから」


「あたし行くわっ。今度の土曜日に行くから。飛んで行くわよ」


「そんなに『行く』って連呼しなくて良いから。一回で分かるからさ。弥生ちゃんは本当に面白いよ」


「面白がらないでよ。これから面白い禁止よ。オッケー?」


「オッケーオッケー。それで週末に来るのは構わないけど予定は大丈夫なの?」


「そっかぁ……それを失念してたわ。あたしなんかの事より彩華さんに連絡してご予定を聞かないといけないわね」


「なんで彩華さんの予定が関係在るんだ?」


「関係在るも無いも大いに在るに決まってるじゃない。あたしは婆ぁばと彩華さんとお話しする為に璃央さんからの連絡を待ってたのよ」


「ちょっと待てってぇ。話しが全く解らんぞ。説明して貰えるか?」


「あたしがいまの段階で話せる所までで良いならお話しするけど。それで良い?」

 

「それで構わないよ」



 それからあたしは璃央さんに師匠と彩華さんのご予定を確認したい理由をお話ししたの。

 あたしが向こうにお引越ししたい事と、師匠のお家へ下宿させて戴くかアパートのお部屋を借りるかってお話しはしたけど、お仕事の件は呆けて敢えて話題に挙げなかったわ。

 だって未定の事だらけで現実味の無い夢物語みたいなんだもの。

 流石にそんなお話しを璃央さんに聞かせる訳には行かないじゃない。



「そうか。こっちに住んでみたいって思ってたんだね。だったら俺の作業が完了するのなんて待ってる必要なかったのと違うか? こっちに住むことになるならバイクも持って来る事になるのは当然なんだし」


「そうじゃない。璃央さんの云う通りじゃないの。待ってる必要ないって何で教えてくれなかったのよ?」


「待て待て。それは無茶だって。知らなかった話を前提にされても俺にはどうする事も出来ないだろって」


「そうね。いまお話ししたばっかりだったわ。こっちに戻って来てからずっと考えていた事だからあたしの中では大前提になってたみたいよ。ごめんなさい」


「謝る必要はないけど。それなら明日にでも彩華さんに確認して置こうか?」


「それは有難い申し出だけどこれはあたしからお話ししなきゃダメな事だから、気持ちだけ受け取らせて貰うわ」


「そうだな。俺が出しゃばる事じゃないな。確かに弥生ちゃんから話すべき事だ。済まない」


「ううん。それは違うわよ。璃央さんの気持ちは嬉しいもの。でもこれはあたしのケジメだから分かって」


「了解。まだ彩華さんなら起きてる時間だと思うけど今晩の内に話してみるか? それなら切るけど」


「今晩は止めて置こうと思うの。まだ起きてる時間でも夜が遅くなってるには違いないわ。礼節も大切な事でしょ?」


「それもそうだな。彩華さんも婆ぁばも一晩くらいで逃げたりはしないさ」


「その云い廻しは不穏な気がするわよ。だってそれって物に対して使う云い方じゃない? ふふ」



 それからあたし達は何でもないお話しをしながら璃央さんはビールを、あたしはワインを傾けながら通話をスピーカーに切り替えてお話しを続けたわ。

 眼を瞑ってるとまるで眼の前でお話しして貰ってる感じがして、この時間がずっと続けばって祈ってしまいそうになったの。

 こんな風に明日も明後日もその次の日も過ごせる日々を想像したりして――

 そしてそれを夢に終わらせない為に全てが動き出したのを実感して。


 こんな心地好い真綿みたいなふわふわした感覚に包まれて、いつの間にか真夜中へと更けて行ったの。

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