沈黙は擦れ違いの始まり Vol3

 ポキッポキッ!


 ん? 何だ? アプリか。まぁ、後で視れば良いな。

 悪いな。いま俺はこっちを仕上げるのに精一杯だからさ。

 緊急の要件なら今度はコールして来るだろうし。

 誰だか知らんがスマン。赦してくれよ。



 あたしはさっきからスマホが気になって何度もチラチラと視てしまってる。

 ずっと璃央さんからの返信を待ってるけど、もう三十分経つのにお返事がないってどう云う事よ。

 ううん。違うわね。待ってるから時間が永く感じてしまうのよ。

 まだたったの三十分しか経って無いのよ。まだ……そう、まだ――


 自分に置き換えて考えてみれば、お仕事が忙しい時なんて一時間どころか一日だってあっと云う間じゃない。

 でも悪戯くらいしてあげても良いんじゃない?

 璃央さんのお仕事が終わった時に悔しがる様に時間経過でお皿から減って行くお料理を実況中継テイストで送信してあげようじゃない。

 やっぱりあたしがパクッってしてる写真は必須よね。

 次に添付する画像は決まったわ。早速カシャってしましょ。

 フッフッフッ。精々、悔しがってよねっ。


『お料理は着々と減ってるわよ~ 弥生通信ご自慢実況中継~』


 さっきと同様に画像を添付して送信っと。

 お皿の方を撮り忘れたわ。

 こっちも送らないとリアルティ無いわよね。「カシャッ」

 これは画像だけ送信すれば良いわね。ポチっ。




 ポキッポキッ!


 ポキッポキッ!


 この時の璃央は致命的と云える失敗を冒してる事に全く気付いていない。

 作業に没頭し過ぎて周りの音を認識していない情況に陥っていたのだった。

 この集中力の高さが裏目に出た負のスパイラルとも云える擦れ違いの幕は開き、永い夜の始まりを知る由もない。




 カシャッ!


『美味しいわよ~良いの? 無くなってしまうわよ~』


 送信――

 最初に送ったメッセからもう二時間近く経つのに何もリアクション無いなんて虚しくなって来るじゃない。

 ワインはボトル一本を殆ど飲んでしまってグラスに一杯分残ってるだけよ。

 何をやってるのっ。

 もう一本開けてしまおうかしらね?

 ここまでノーリアクションなんだからもう自棄酒するしかないわねっ。 

 明日の朝までお酒が残らないか不安だけど今夜は飲みたいじゃない。

 どうなっても知らないんだからっ!

 こうなったらヤ・ケ・ザ・ケよっ!


 あたしは冷蔵庫で冷やして在る同じワインをもう一本取り出してバタフライ式のオープナーでコルク栓を抜いたの。

 おつまみのお料理はもう無いしお腹も一杯になってるから、お香を焚いて薫りを愉しもうかしらね。

 素敵なお華の薫りに包まれてワインを傾けるなんてお洒落でしょ? ふふ。

 あぁ――でも少し酔ってしまってるかも知れないわね。

 まぁ、良いかっ。悪いのは全部アイツよ!

 璃央のヤツが全部悪いのよ。


 ゆったり気分を演出してくれたBGMも換えて、ストレスを発散できるオルタナの伝説的なバンドのサウンドで上げて行くわよっ。

 たった一枚のアルバムのリリースで世界中を席捲したサンスクリット語で涅槃を意味する言葉が由来のロックバンドね。

 アンダーグラウンドでカリスマだったボーカリストの他界に因って活動停止を余儀なくされたけど、その後もカリスマとして君臨し続けてるわ。


 何処と無く気怠くて少し憂鬱な気分だけど、激しいサウンドとお酒に酔ったいまのあたしは向かうところ敵なしって感じね。

 それに焚いたお香の薫りも相乗効果で考えたくない事を全部、頭の端っこに追い遣ってくれる気がするの。

 お部屋に帰って来るまでに考えてたのと違ってるけど、そんな気分になったのだから仕方ないわよね。

 いまは気侭にこのサウンドに埋没しながら、ワインとお香の薫りを愉しんでしまおうって思うわ。




 ふぅ――やっとひと段落ついたかな。

 煙草も吸いたいし休憩にするか。


 無造作にパッケージを手に取り煙草に火を点け満足げに煙を吐き出す。

 ひと息吐いてやっとスマホの存在とメッセに着信が在った事を思い出しスマホを取り上げスワイプして操作する。


 弥生ちゃんからだ。

 もしかしたら作業の完了予定の事かな?

 あっちでの仕事の事も在るだろうし、休日の予定も組み立てたいだろうから連絡しないとな。

 う~ん、そうだなぁ――

 明日の昼間には作業は終わるかな……

 それからテスト走行して最終チェックだから――

 少し余裕みても明後日には完成するって云っても大丈夫だ。

 明後日は金曜日でこっちに来るのは次の週末以降になるから最短だと三日後だ。

 オッケー。こっちは問題ないし早速、返信して置かないと。


「げっ? 六件も入ってるよ――何か事情でも変わって緊急だったのか? 取り敢えず読んでみないと」


【今日の晩ご飯よ。食べに来るかしら? 美味しいわよぉ~】


 この前と同じでご丁寧にも美味そうなカナッペの画像も添付されて、視てるだけで俺も飲みたくなって来るな。


『ゴメン。返事遅くなったよ。美味そうな料理だね。俺のも残して置いてくれよ』


 これで送信。で次のメッセは何だろ?


【お料理は着々と減ってるわよ~ 弥生通信ご自慢実況中継~】


 最初のメッセの続きか。やっぱりこの前のと同じパターンっぽいな。

 弥生ちゃんの悪戯だけどまぁ可愛いもんだよ。

 次は画像だけか。どんだけ俺を悔しがらせたいんだ?

 紫音と綾音のちょっと大人バージョンって感じかな。

 それでお次は――


【美味しいわよ~良いの? 無くなってしまうわよ~】


 これもまんま続きだな。つか、もう皿に残ってないだろ。

 あぁ……だから実況中継なのか。

 ユーモアが在って面白いけど、紫音と綾音レベルの可愛らしい悪戯みたいだ。

 次はどんな手で来るか愉しみだよ。


 ――――! あっ……これってやっちまったか?

 やっぱり不味いよなぁ。

 すぐフォローしないと拗れても嫌だし――弥生ちゃん怒ってるかな?

 頼むから少しヘソを曲げてるくらいで済んでいて貰いたいよ。



 ポキッポキッ!


【何よ。今更。もう遅いわよ。お料理はとっくに無くなってるし、あたしはワインを二本目を開けてるし知らないわよ!】



 手遅れだったかぁ……

 ヤバいな。こんな事ならメッセを全部読んでから返信するんだった。

 取り敢えず直ぐに返事しないとって急いた所為で最初のに返信しちゃったから、意図しない所で逆撫でして余計に拗らせたみたいだな。

 でも何とかフォローだけはしないと不味い――

 取り敢えずは平謝りしてみて様子をみようか……

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