ワン スモール ステップ フロム ゼロ Vol2
あたしは愛ちゃんを案内してお料理の美味しい居酒屋さんに入ったわ。
お値段は少し高めだけど騒がし過ぎないのと、何よりもお料理のお味がお値段以上なのよね。
店員さんに案内された席に座ると飲み物のオーダーを聞かれたので、鉄板の定番だけど生ビールを二つオーダーしたわ。
居酒屋さんでオーダーする一杯目は、愛ちゃんに確認するまでも無くあたしが勝手にオーダーしたけど間違い無い筈よ。
「勝手にビールにしたけど良かったのよね?」
「勿論じゃない。こう云うお店で一杯目はビールで決まりよ」
「そうだと思ってたけど念の為よ。それでおつまみはどうする?」
「そうねぇ。私は揚げ出し豆腐が食べたいわ。それと――あっ。今日のお薦めのボードに書いて在るお刺身の盛り合わせなんてどうかな?」
「良いわね。それと海藻サラダもあたしのリクエストで追加しましょ」
「オッケー。あとは食べながら様子を見て追加すれば良いわね」
少しすると生ビールとお通しがサーブされて、ついでとばかりにおつまみを追加オーダーして乾杯の運びとなりました。
今日のお通しは具沢山の『おから煮』で、お豆腐と微妙に被るけど食感もお味も違うから問題ないわね。
「あれから小父さんとのお話しはまだ平行線なの?」
「そうねぇ、残念だけどその通りよ。もう頑固で困るわぁ」
「根負けして貰うのを気長に待つしか無いって感じ?」
「どうかしらね。時間が解決してくれれば、それに越した事ないけど難しそう」
「でも強硬手段は本当に最後の最後なのよね?」
「それも怪しくなって来たわ。実はね、今度うちの部署が主導で大きなプロジェクトが起ち上がるのだけど、そのプロジェクトリーダーの内示が在ったのよ。それで困ってるの」
「何で困るのよ? 凄いじゃない。愛が大きなプロジェクトのリーダーになるなんてあたしも鼻が高いわよ」
「お仕事では困る事なんて無いし寧ろ喜んで受けたいくらいなんだけど、それを受けてしまうと彼がね――まぁ良いかな。弥生だし。そう、彼が私の部下になって、いま編成されてるチームのリーダーから外されてしまうのよ。そうなったら折り合いが付いてる彼との間の話しも、変わってしまう可能性は否定出来ないわ」
「そうなんだ。旦那さんは何て云ってるの?」
「まだ何も話して無いわ。社内秘の案件だから彼に話す訳にも行かないのよ」
「同じ部署だからこそ秘密にしなきゃいけないのね。また難しい案件になってしまった様ね」
「そう云う事なの。幸い役員会議で承認されて無いみたいだから、私の退職でひっくり返るのよ。承認されてしまったら今後の彼のキャリアを加味して考えて、私の退職で放り出すと社内的には未だ旦那だから昇進に響いてしまうわ」
「充分に考えられるお話しね。日本の社会ってまだまだ個人主義が徹底してないから、家族や配偶者に関してもペナルティの対象になってしまうわね」
「そうなのよ。だから一刻も早く正式に離婚して会社に報告しないと不味いの」
「同じ会社だから税制面や社会保障の関係で筒抜けだものね。いくら事実上の離婚状態だとしても通らないお話しだわ」
「私の退職のペナルティをリカバリするのにどれだけ時間が掛かるか分からないし、リカバリ出来る保証もないわ。それにそのプロジェクトは数年掛かる規模だから、その間は私も彼も身動き取れなくなるって事なのよ」
「それで強硬策も已む無しって事かぁ。難しいわねぇ」
「仮に彼が納得して私の部下になる事を了承してもね、お仕事は充実してるけど私生活面では空白になってしまうじゃない。それは私にも彼にとっても長すぎる時間だと思うの」
「対外的にスキャンダルになる事は出来ないわね。そう考えると日本の社会は閉鎖的だわ」
「何だか難しいお話しになってしまったわ。切り替えて楽しく飲みましょうよ」
「そうね。おかわりもビールで良いかしら?」
「ビールで改めて乾杯しようじゃない」
あたしが考えていたよりも状況は悪くなってるみたいだわ。
お仕事を優先すれば私生活が犠牲になる可能性が在るし、私生活を優先すればお仕事の方に支障をきたす事にもなり兼ねないなんて踏み絵みたいな物よね。
その抜本的な対策の為に性急に事を進める必要が在るなんて、社会の方が間違ってるのじゃないかって思ってしまうのだけど。
あたしにバックアップ出来る事なら何だってしてあげたいし、してあげる心算だけど、何をしたら最良なのかさえ解からないなんて情けなくなるわ。
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