後の祭りなんかにしてあげない Vol5

 課長は時々相槌を打ちながら、あたしのお話しを基本的に黙って聞いてくれたわ。



「こんな感じが顛末なんですが、解り難い事って在りましたか?」


「いや、大丈夫だぞ。先に顛末から話す冪だったのは否めないがな」


「済みません。アプローチを間違えた様ですね。プレゼンじゃ無くて良かったです」


「まぁ、プレゼンなら失敗だな。それはそうとして、こう云うケースの相談は初めてでは無いけど、それは男性社員だったらの話しだ。女性で在るお前だと初めてのケースだから手探りになってしまうな」


「男性と女性ではそれほど違う物なのですか?」


「違うと思うぞ。一般論だが簡単に云ってしまうと、男の場合は少なくとも定年の年齢くらいまでは金を稼がないとならんよな? しかし女性の場合は家庭に入ると云う選択肢も常に在るんだ。この違いは解かるよな」


「そうですね。家庭を持ってもお仕事をしてる女性は沢山居ますけど、家庭に入って専業主婦になられる方も多いですね」


「そうだ。それに加えて妊娠、出産と云う身体的な違いも在るだろ? 俺も男だから男性社員には、自分の経験上で得た知識や方法論もある程度は参考にさせる事も出来るが、女性に何処まで当て嵌まるか正直なところ未知数なんだ」


「やはり違いは大きいですね。納得しました」


「理由はいま云った通りだから省くが、少し時間をくれないか? 俺としても少し考えて物を云わないと良い方向に転がって行かない気がするんだよ」


「承知しました。突然のお話しで直ぐ結論が出るとも欲しいとも思って無かったですから、あたしとしても蟠りを残して去りたくないと思ってますので」


「一晩ゆっくり考えてみるさ。また明日にでも時間が在ったら話しをしようか」


「はい。宜しくお願いします」


One small Step from zero.

『ワン スモール ステップ フロム ゼロ』


 こんな感じねぇ。

 小さな一歩なのかも知れないけど、踏み出した事に違いは無いわ。

 ここから始まるの。全てがね。



 お昼休みも終わる時間にお話しのキリも良く持ち越しになったので、あたしは課長にお礼を云ってから起ち上がり湯呑みを下げに行った。

 課長はデスクに戻るからと云うと、そのまま食堂の出口へ向かって行ったわ。

 きっといまの課長の頭の中はフル回転で、色々な事を考えてるに違いないと思うから一人になりたいのだわって感じたの。

 あたしは心の中で『不肖の部下で申し訳在りません』ってお詫びしときましょ。


 少し課長に遅れてあたしもデスクに戻り、午前中と同様に同僚のサポートで雑務を熟して行く。

 メインで任されてるお仕事は相変わらずトラブルも無くスムーズだから、少しだけ張り合いは無いけど、現状いまのあたしには有難いかな。

 ミスの無いようにするだけでお仕事の心配事が無いのは、それだけで気持ちが軽くなるからね。

 頼まれていた雑務で担当者が連絡をミスしたらしく、あたしがその調整をする事になったから少し走り回るって一幕も在ったけど、先方に出向く事で収まったので後を引くトラブルにならなかったのは幸いだったわ。

 そんな感じでサブ的なお仕事を全部仕上げると定時の時間を少し過ぎていて、いつでも退社できる時間よ。

 念の為に同僚と課長に急ぎの業務の有無を確認してから、あたしはタイムカードを打刻して自由の身になったわ。


 さてまだ明るいし、このままお家に帰るのも勿体ない気がするわね。

 どうしようかなぁ。

 お買い物でもしようかしら?

 でも待って。

 お引越しの事も考えないといけないから、闇雲に荷物を増やすだけって事になっても詰らないし。

 ウインドウショッピングも良いけど、欲しい物を見つけたら同じ事じゃない。

 そんな事に思いを巡らせてると、手にしてたスマホがバイブで振動したの。

 アプリで愛ちゃんからメッセが入ったみたい。


【いま弥生の会社の近くにお仕事で来てるのよ。そっちが早く終わりそうなら合流しない?】


 良いタイミングねぇ。もしかして後ろに居るとか?

 そしてゆっくり振り返ると――


 居たぁぁぁあああ


 なんてある訳ないでしょ。

 ナイスタイミングって返信しましょうかね。


『あたしは会社を出たところよ。愛の方はお仕事終わったの?』


【私は直帰するって会社に連絡して在るからフリーよ。駅の改札で合流しない? 五分以内に着けるわ】


『了解。あたしは十分以内って感じだから、少し待って貰っちゃうけど直ぐに行くわ』


【オッケー 待ってるわ。どこ行くかは逢ってから決めましょう】



 あたしはスマホをポケットにしまって、少しだけ急ぎ足で駅の改札へ向かったわ。

 駅構内の人は多いけど、ひと眼で愛ちゃんを見つけて合流を果たした。



「愛。お待たせ。ナイスタイミングだったわ」


「お仕事お疲れさま。何となく弥生も早く終わってる気がしたのよ。凄いでしょ。ふふ」


「愛もお疲れ様。タイミングがジャスト過ぎて、後ろに居るのかと思って振り返ってしまったわよ」


「それだったらアプリでメッセなんて飛ばさないで普通に声を掛けるわよ」


「それもそうね。そっちの方が早いもの。で、これからどうする?」


「晩ご飯を兼ねて軽く飲みに行かない?」


「オッケー。この時間だと居酒屋さんで良いかな?」


「どこでも良いわよ。この辺りは弥生の方が詳しいでしょ? 案内してよ」


「畏まりました。どうぞお嬢様こちらへ」


「なぁに云ってるのよ。ふふ」

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