三話 鮮明な記憶は翼を広げ

鮮明な記憶は翼を広げ Vol1

 どんよりした曇り空を眺めながら、騒ついた喧騒に包まれる社員食堂で独りお弁当を広げるあたしです。


 アナタ ボッチ ダッタノ?  カワイソーニ……

 ドージョー ヲ キンジエナイワ。


 ちょぉ! クーデレさん何てこと云うのよっ! もぉ。

 今日は偶々よっ。偶然なのっ。

 いつもお昼を一緒してる同僚の娘がみんな、クライアントさんとのミーティングで出払っちゃってるだけよ。

 お昼ご飯は何もなければ四人で摂る事の方が断然多いわ。


 ヘー ソー フーン ダカラ?


 だ・か・らっ。そんなこと云っちゃ駄目でしょうぉ。

 ちょっと油断すると在る事ない事を平然と暴露しようとするんだからぁ。

 あたしがちゃんと監視しないと駄目だわ。

 と云う事で、いまから監視強化週間とします。

 わかったわねぇ、クーデレさん。次はお仕置きよ。


 ツキ ニ カワッテ――トカ イッテ ワ ダメ ヨ。


 云いません! 本当に口だけは達者なんだからぁ。

 そうかっ! 実体が無いから元々口だけだったわね。ふふ。

 そんな事より早くお弁当を食べないとだわ。

 お昼休みの一時間って思ってるよりずっと短く感じちゃうのよね。


 クーデレさんは興味ないかも知れないけど、今日のお弁当は野菜のサンドイッチなの。

 軽くトーストしたパンにマーガリンとマヨネーズを別々に片方ずつに塗って、レタスとオニオンスライスにトマトとキュウリを具にしたホットサンド的なもの。

 でも今日は食べ易いようにパンの耳を落としてるから何となく物足らないかな。

 サンドイッチで落した耳もパン粉にしたり、トースターでカリカリにしてからジャムやマーガリンを付けておやつの代わりにもするわね。

 ドーナツみたいに油で揚げてグラニュー糖を塗した定番のおやつも在るけど、あたしは油を吸い過ぎちゃうからちょっと苦手なの。

 オニオングラタンスープ風にミネストローネスープにいかだのように並べたらチーズを載せてオーブンで焼いても美味しいわよね。

 サンドイッチで落としたパンの耳を捨てるなんて勿体ないわ。


 お話しが反れてしまったわね。

 お昼休みが終わっちゃって、業務に支障がでたら上司や同僚に怒られちゃう。


 アナタネェ。ソレコソ ハヤク タベナイト ダメ ナノジャナイ?


 うわっ、そうだったわぁ。どうしよう。

 お仕事の日だって味も分からないくらい急かされて食事をするなんて嫌だもの。

 折角リフレッシュ出来る貴重な時間なのだから有効に使わないと。


 ソレッテ ナニカノ フラグ ナノ?


 フラグでも前振りでも無いから、変なお話しに持って行こうとしないでよ?

 これも強化週間の一環で監視対象なのだからね。


 クーデレさんのお陰でとんでもない方向に行きそうだから、軌道修正してお話しを元に戻すわよ。


 サンドイッチの事は云ったわね。

 食堂でコーンスープとホットコーヒーを購入すると、出入口から離れてる比較的に人の行き来が少ない席を確保出来たわ。

 詰めれば六人座れる大き目のテーブル席にあたし一人だけだから、これから混んで来てしまうと相席になっても仕方ないわね。

 だって奥まったテーブルは大きいのしか無いのだもの。

 ウチの会社の社員食堂は、お仕事の進捗状況で混み方や時間帯までその日に由って違うから不確定要素なのよ。

 でも今日は疎らに空席が目立つから大丈夫そうね。


 少し窓からは離れてるけどお話し相手が居ない一人の時は、ウインドウ越しにお空を眺めて何となく考え事をしちゃうわね。

 そう最近は専らあの時の事ばかりだわ。

 まだ記憶にも鮮やかなバイクツーリングでの経験と出逢いをした、濃厚で素敵な三日間の出来事を。


 師匠に彩華さん、璃央さんでしょ。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんもどうしてるかなぁ。

 悪戯して叱られてないと良いけどね。


 いつもと変わらない日常に戻ってるのかしら。

 でもちょっと待って。

 あたしにとっては非日常だっただけで、師匠達にとっては日常の中の三日間だったのよね。

 きっとこれが正解で、あたしはそんな日常にお邪魔しただけなのよ。


 また双子ちゃん達と一緒に遊んで貰いたいなぁ。

 あんなに可愛らしいのだもの仕方ないでしょ。

 こう考えただけでも色んな事が在ったわねぇ。

 本当に何度考えても濃密な三日間だったとしか云い様がないわ。

 やっぱり自分でも無理をしてたって自覚があるからなのかも知れないけど、こっちに帰って来る最後の日の事が一番鮮明に思い出しちゃう。


 滅多に出来ない体験をさせて貰ってばかりの日々だったけど、あの日の手打ちのお蕎麦作りは初体験で強烈なインパクトが在ったわ。

 客観的には及第点だとしても、あたし的には初めてだし甘い採点だけど高得点だったのじゃない?

 その根拠として紫音ちゃんも綾音ちゃんも残さず綺麗に食べてくれたのだから。

 そうそう。双子ちゃん達は二人とも食べ終わってからお口に付いたとろろで痒くなっちゃってたわね。

 少しずつ違う部分も在るけど、そっくりな所もいっぱい在って面白いの。


『ねぇね、おくち カイカイ なの』


 ふふふ。なんて可愛らしいのかしら。

 そして師匠のお宅から出発する時には、ターミナル駅まで送って戴いた車内の席順をジャンケンで争ってくれちゃったりしてね。

 あたしを二人で取り合ってくれるなんて凄く嬉しいわ。

 今すぐにでも飛んで行って抱きしめてあげたいくらいよっ。


 一昨日の夜もアプリでお話ししたけど、やっぱり物足りないって感じちゃう。

 サラサラな髪をブラッシングして結ってあげたいし、一緒にねんねだってしたいわね。

 そう云えばショッピングモールで買ったDVDはもう観たのかしら。

 紫音ちゃんはアヒルさんので綾音ちゃんはお姫様のだったわ。


 DVDショップの売り場内だけって条件で、彩華さんは『少し自由にさせてあげないと息も詰るし自主性も育たないから』って双子ちゃん達だけで行動させて、師匠とあたしを含めた三人で少し離れた場所から眺めるように視てたのよね。

 思い出しても笑っちゃいそうになるけど、璃央さんは雑誌を探しに行く振りして双子ちゃん達の見張りをしてたわ。

 いつも強がって素っ気なくしてるけど過保護なのはバレバレなのよっ。ふふふ。

 あたしと視線が合ったら悪戯がバレたみたいにバツの悪い顔しちゃってっ。

 意外だけど璃央さんって可愛らしい所も在るのよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る