眠れぬ夜は Vol3
あぁ。これは夢の中ね。
だって視界が揺れているもの。
皆、唖然とした顔してあたしを視てるわ。
大失敗よ。よりにも由ってあんな時に……
あと少し。ほんの少しだけタイミングが遅かったら。
もっと早く気が付いて我慢してれば。
それこそ『たられば』よね。
あの日の事を夢に視るのは何度目なんだろう。
夢の終りは決まって最後尾の車両まで走って行って、車掌さんに停めてあたしを降ろしてって泣きながらお願いするの。
それでも。夢の中でも。
列車は停まってくれないし、降ろしてもくれない。
そしてあたしはその場に泣き崩れた所で眼が覚める……
やっぱり予想通りの展開で眼を覚ましたわ。
ベッドから降り冷蔵庫から取り出した麦茶をタンブラーに注いでダイニングテーブルのチェアに腰掛ける。
麦茶を一口。カラカラのなった喉を潤して思わず吐く溜息。
駄目ね。暫くは眠れそうにないわ。
まだ身体は半分寝ていて何かする気力も湧かないから、悶々とする時間だけ持て余して困ってしまう。
『ふぅぅ……あれは失態だったわねぇ』
後悔してもどうしようもない事を、いつまでも考えてしまって一歩も進めなくなってしまう。
こんな堂々巡りを繰り返すからあの夢は視たくないのよ。
唯一の救いはクーデレさんがあたしを放って置いてくれる事かな。
まるで不躾に揶揄われたら喧嘩になってしまうのが解ってるみたいに。
きっと喧嘩になるってあたしにもそう思えるから。
不意に扉が閉まったあの後の光景が頭に過ぎる。
列車は動き出してスローモーションみたいな錯覚の中、視えなくなるまで窓に張り付くように覗き込んだあたしはその場で泣き崩れてしまったわ。
膝に力が入らなくなり起って居られなくて
どれくらい時間が過ぎたか定かでは無いけど、暫くそのまま動けなかったのを覚えてるわ。
泣き疲れてハンドタオルで涙を拭うと空席を視つけてそこに座った。
幸いな事に疎らな乗客だったから、誰にも視られる事も無く座れたのは運が良かったわね。
欲を云えば進行方向とは逆向きの景色を眺めて居たかったけど、座席を回転させなきゃいけないし、一人でボックスシート化して占領するのも気が引けるから自重したのだけど。
こんな時だけレトロな列車の固定式になってるボックス席が羨ましくなるって我が侭よね。
あの硬い座席は快適とは云えないし、リクライニングも何もない座席の背凭れは直角に近いのだし。
車窓の景色に少しだけ気を取り直したあたしは缶ビールを開け、口に含んだ瞬間のホロ苦さが心地好いって想ったの。
そして考える事を放棄したまま流れる景色を眺めてたら、少し切なくて複雑な気分になってしまったわ。
普段ならビールの喉越しを愉しむ為に、最初はグビグビって飲むけどそんな気分になれなかったのよ。
ウイスキーをロックで飲むような感じにちょっとだけ含むビールって苦みが強調されるから、記憶と
味覚と一緒に記憶する事に由って、あの鮮烈な三日間を忘れたく無かったのよ。
そして放心に近い心模様で車窓から視た田園風景も一緒に大切な宝物にするの。
ビールの苦さを味わう度にあの
叶う事なら帰って来たくなんて無かった。
いつまでも。ずっとずっと。
皆さんと一緒にあの場所で。
『I’ll be Back』
この名台詞をあの時のあたしなら誰よりも情緒豊かに云えると思うわよ。
チョット マチナサイナ。
セッカク イイカンジ ダッタノニ ダイナシヨ。
あら、クーデレさん。こんばんわ。お早い突っ込みありがとう。
ダマッテ キイテタラ マタ ヘンナ ホウコウ ニ イク ノ ダモノ。
トウゼン デショ。
ふふふ。良いじゃない。あたしも少しお話し相手が欲しかったのよ。
アタシ ワ ネマスッ! オ・ヤ・ス・ミ!
おやすみなさぁ~い。良い夢をみてね。
いつもながら本当に良いタイミングで突っ込みを入れてくれるわね。
それはあたしをいつでも視てくれてるって証拠なのだから、感謝しないといけないと思うけど照れ臭さも在るわ。
でもちょっとだけ嘘も吐くのよ。可愛らしい嘘なんだけどね。
捨て台詞に『寝ますっ!』って云ったでしょ?
これだってそのひとつ。
そう云いながら眠ってないのはバレバレなの。内緒だけど。
クーデレさんと少しお話し出来て、棘が刺さったように騒わついた気分も解れた気がするわ。
これなら眠れるかも知れないわね。ありがとう。
まだ朝まで時間は在るし、ちゃんと睡眠を摂らないとお仕事の差し障るからベッドに戻ろうかしら。
横になって眼を瞑ってれば、きっと眠れるわよ。
おやすみなさい。
『オヤスミ イマ ワ ネムリナサイ』
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