二話 眠れぬ夜は

眠れぬ夜は Vol1

 この日の彩華は、紫音と綾音の寝顔を眺めながら眠れぬ夜を過ごしている。

 もう直ぐ丑三つ時になると云う時刻に。

 日付が換わる頃に浅い眠りから覚め、それからずっと眠りの帳が降りず退屈なときを持て余している。


 透真さんはぐっすり眠って起きる気配もないし……

 時々紫音と綾音のお布団を掛け直してあげるくらいで、これと云ってする事も無く気怠さだけが募るわね。

 お酒で眠りを誘発出来れば良いのに。

 こんな時ほど自分の体質がお酒に滅法強い事を恨めしく思えて来る。

 強めのお酒を一杯くらい飲んで眠くなったり酔えたらどんな良いか……

 今夜みたいな神経が張り詰めて眠れない夜に浴びる程のお酒を飲んでも無駄。

 そんな事は経験上知ってるわ。

 飲み始めたら結果的に朝まで飲み続てしまうのは間違いないし――

 それに明日の朝、お酒の匂いをさせたまま透真さんをお仕事に送り出すなんて、自分自身に課した禁忌タブーだから違えるなんて出来ない。


 『こんな時に弥生ちゃんが居たら良いのに。きっとお話しをしてる内に眠気を誘って包んでくれる筈よ』


 そんな無いもの強請りが頭に過ぎり『はぁ……』っと溜息を溢す。

 まだそれほど日は経って無いけど、何処か灯りが消えたような雰囲気が漂ってるのよね。

 何がどう変わったなんて誰にも解からないけど……

 ううん。皆が解ってるけど口に出さないだけなのよ。


 『もうっ。皆が同じ気持ちなんだったら云ってしまえば良いのにっ』


 なんて云えるわけ無いわよね。

 

 あの日お別れのホームで弥生ちゃんの涙を視ちゃった紫音と綾音は、遠慮がちに毎日聞いて来るわ。

 弥生ちゃんは今度いつ来るのかって。

 きっと直感的に弥生ちゃんの事をあまり聞いてはいけないって、肌感覚で解かってるのかも知れない……

 アプリをスピーカーに切り替えて何度かお喋りしてるからタブーになってるなんて勘違いはして無いだろうけど、でもやっぱり可哀想になって来るわね。

 私だって誰かに聞いてみたいくらいなのだから。


 透真さんから聴いたお話しだと、璃央君は私達のこんな気持ちを知ってか知らずかバイクの作業に没頭してるみたい。

 弥生ちゃんが帰った日からずっとバイク改造作業を夜遅くまでしてるらしくて、あれから一度も顔を出しに来ないし。

 心配だし様子見がてら子供達も連れてお弁当を届けたり、透真さんに差し入れを持って行って貰って話を聴いてくれるように頼んでるから状況は解ってるけど、二、三日おきに来ていた璃央君が晩酌に居ないだけでも火が消えたようになってしまう。


 お義母さんも日中はお見送りをした次の日から、ずっとお仕事をするいおりに引き籠って彫刻に没頭してる。

 私にはどんなお仕事なのか把握出来ないけど、あれはきっとお仕事では無い筈よ。

 お義父さんがお出掛けになってから、お帰りになる少し前までお昼ご飯の時間を除けばずっと庵にいるのよ。

 余裕を持ってお仕事をするのがお義母さんのスタイルだから、いま彫ってる物はきっと例のあれね。

 あれ程までに根を詰めて愉しそうにお仕事をしてるのを視た事ないもの。

 でも、お夕飯の支度も少し手伝ってくれるけど、精もこんも尽き果てた疲れた顔してるから身体の方が心配になるわよ。


 もしかして三週間ってタイムリミットを設定してるのかも?

 お義母さんの事だからこの考えは少しおかしいわね。

 三週間と云うのは今度弥生ちゃんが来るまでの時間だから、例の物が必要になるのはもう少し先になると思うし。

 と云う事は、お仕事に没頭して余計な事を考えたくないって理由の方が正解なのかしら?

 それはそれで少し羨ましいかも知れないわ。

 いまの私のように一人で悶々と考えなくて済むって事と同義でしょ。

 毎日の家事をしてたってルーティンワークみたいなものだから、考え事をしながらだって出来ちゃうのだもの……


 弥生ちゃんから無事にお家に着いたってあの日に連絡が来てから、何度も連絡したり貰ったりって感じで雑談はしてる。

 だけど……私が本当に聞きたい核心はお義父さんの箝口令に従って触れられないままだからまるで蛇の生殺しだわ。

 うっかり私が口を滑らせてお義父さんに怒られるだけで済むならまだしも、それが原因になってご破算なんて事になったら、本当に取り返しがつかない大失態になってしまう……


 だからいまはじっとその時が来るまで我慢なのよ。そう、我慢。

 きっとそう遠くない未来に吉報は必ず来るから、それを信じて指折り数えて待つだけ。

 いまの私に出来る事と云ったら、璃央君のお食事やお洗濯なんかでバックアップして頑張って貰えるように間接的な応援するくらいよね。


 『あ~ん。なんで人生にはゲームと違って、フォワードボタンもスキップボタンも無いのよっ! もうっ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る