内緒話は時間も忘れ夜も更けて Vol3

 愛ちゃんは早口であたしに向かって、小父さんと喧嘩した理由を愚痴も交え捲し立て、留まる気配すらなく相槌を打ちながら聴き役に徹している。

 まるで一小節に幾つ音を詰め込めるかチャレンジしてるみたいだわ。

 主語やら何やら色々と足りなくてもあたしには通じるから構わないけど、もしここに母さんが居たらまるで理解出来ないって思うわね。


 前提の説明をしてから要約するとこう云うお話しなの。

 愛ちゃんは高校を卒業して情報処理系の専門学校に進学したんだけど、アルバイトでウェブデザイナーのアシスタントをしてる内に興味が情報処理からそっちに移ったのね。

 その事には何の問題もないのだけど、専門学校を卒業してホームページの制作会社に就職して、その会社で知り合った先輩で同僚の男性と早々に結婚したの。

 結果的にそれが今回の騒動の原因を作ってしまったのよ。


 愛ちゃんは結婚してもお仕事はそのまま続けて会社での評価も高く、クライアントさんからの信頼も厚いって云う、謂わば有望株の『出来る女』って感じのポジションで期待もされてるの。

 良い意味で愛ちゃんには水が合ったって事なんだろうけど、それが仇になってしまうとはね……

 旦那さんとはチームこそ違うけど同じ部署の同僚で、会社での愛ちゃんの評価が上がって行くに従い、家庭内に少しずつ歪みを生じてさせてしまったのよ。


 お互いのお仕事上の関係や擦れ違いなんかも入り混じって家庭内別居の一因となり、更にエスカレートして現在は完全に別居しているわ。

 実家に戻った愛ちゃんはそこから通勤していて、その現状が今回の喧嘩の原因で在り、この件を根深いものにしてるとも云えるの。


 当事者である二人の間では離婚を前提にお話し合いをしてるのだけど、愛ちゃんの父親は離婚に断固として反対で言い争いになる事が多いみたい。

 あたしが知ってる状況は氷山の一角でしか無いけど、ジャブの打ち合いのような小競合いも頻繁になってるのだろうと思ってるわ。

 夜になって家を飛び出すなんて、今日の一件は余程火の手が大きくなったって容易に想像できしまうから、ストレスもかなり溜まってる筈よ。

 でも問題がこれだけなら、解決する方法は難しいけど在るのではないかって思うけど……

 もう少し……いいえ。かなり複雑な問題も絡んで泥沼化してしまってるの。


 その一つは旦那さんが戸籍上婿養子になっていて、離婚は当事者だけの問題では無いって事なのよ。

 旦那さんのご両親は当然だけど、離婚したら戸籍は元に戻す事を前提としてるらしい。

 その一方で愛ちゃんの父親は、二世帯住宅の計画を立てて具体的な所まで進んでいるのと、お仕事の絡みの在る会社に設計を依頼してるのとで、簡単に後戻りは出来なくなってるみたい。

 それで板挟みになってる愛ちゃんは時々こんな感じで爆発しちゃうのよ。

 これは小父さんが娘を想って婚姻を継続させる為の方便だと思うけど、離婚したら親子の縁を切るとまで云われてるから、愛ちゃんも強硬策に打って出るには時期尚早と考えてるの。


 あたしは愛ちゃんがお話ししてる間はずっと聴き役になって、一通り云いたい事を吐き出したらすっきりして来たみたいね。

 少しずつ口調もテンポも普通に戻って落ち着いて来たもの。



「ねぇ、愛ぃ。塞翁が馬ってこの事ね」


「そう。まさにそれよっ! 弥生みたいに結婚に縁が無い方が良かったわ」


「あんたねぇ、云って良い事と悪い事くらい区別出来ないのかしら」


「ふふ。本当の事でしょ? それとも否定できるのかしらぁ?」


「出来ないわよ。出来ないから悔しいのじゃない」


「その内に見つかるわよ。ご縁があ・れ・ばっ」


「その事なんだけどさぁ。スピリチュアルな体験ってした事ある?」


「なによ突然『その事』の意味が全く解らないわよ」


「確かにそうね。この所ずっと考えてたから前提が抜けたわ。ごめん。こう云う事なのよ」



 それからあたしはあのノイズ混じりのイメージの事を愛ちゃんに説明したわ。

 相槌を打ちながら黙って最後までお話しを聴いてくれたから、混乱しないように説明が出来たと思う。

 細かい部分に突っ込みを入れられながらだと、あたし自身も混乱して解らなくなって来るから。



「――――って事なんだけど解ってくれた?」


「ふ~ん。不思議な事って在るのねぇ」

 

「やっぱり不思議よね。あたしの中にもう一人のアタシが居るのも知らなかったわ」


「はぁ? どうゆう事よ。それ」


「云って無かったかしら? 簡単に云うと、あたしの中にもう一人のアタシが居て、助言してくれたり背中を押してくれたりするの。それと暇つぶしに突っ込みを入れて来るとかも在って驚くでしょ?」


「はぁ? うん。そう……確かに驚いたわよ。あんたがいつからそんなに乙女になったのかって」


「驚くところが違うわよっ。もう」


「違わないわよ。弥生がこんなに乙女だったなんて、想っても無かったのだから」


「だ・か・らっ。違うんだって。そこじゃなくてぇ。本当にもう一人居るのよ」


「疲れてるの? ちゃんと睡眠は執ってる? 心配になる事を云わないでよ」


「ちょっと待ってちゃんと説明するから。長くなるけど覚悟してよね」



 こうしてあたしと愛ちゃんの長い夜が始まった。

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