四話 内緒話は時間も忘れ夜も更けて

内緒話は時間も忘れ夜も更けて Vol1

 あたしの現時点で考えてる事は全部お話しして、一応の理解は貰えたみたいね。

 反対はされないと思ってたけど万が一は在るじゃない?

 父さんも母さんもあたしがちゃんと考えてしたいって思った事には、よっぽどの事がない限り反対しないのは以前から変わって無くて良かったわ。


 いまの会社に就職が決まって独り暮らしをしたいって云った時も『自分の収入で生活できるなら』って反対も無くすんなり承諾してくれたけど、同じ事を大学生の時に話したら『アルバイトの収入で出来るわけが無い』って反対されて却下されたのよね。

 いまから考えると、あたしでも反対すると思うから当然の結果だけど。


 これであたし側の根回しは会社の件だけになったわ。

 あたしを教育して鍛えてくれた課長には申し訳ないけど、それは誠心誠意お話しして理解して貰わないとね。

 売り言葉に買い言葉みたくなって、波風立てて辞めたくないから理想は円満退社だわ。

 お仕事も後任にちゃんと引き継いで、クライアントさんにはご迷惑の掛からないように最善策をとらなくちゃ。

 当然、次の大きなプロジェクトからは外して貰うのが前提になるけど。


 あたしは食器の洗い物をしながら、ソファーに座ってお話ししてる父さんと母さんを伺い視る。

 特に変わった様子も無く、あたしのお話しを引き摺って無いのは一目瞭然だわ。

 落胆もしてないし慌ててる感じも無いわね。

 至って普通なの。

 こんな事をあたしが云うのも変だけど『もう少し考えてくれても良いんじゃない?』って訝ってしまうくらいによ?

 あたしにはまだ考えて出さないとならない答えが山積みなんだからって云いたくなっちゃうけど我慢だわ。

 もしそんな事を云ったら『自分で決めたのだから当たり前だ』って云われちゃうだろうけどね。


 それもあたしを信用してくれてるからこそだから、その信頼を裏切るような事は出来ないわ。

 こっちのお仕事もあっちでのお仕事の件も具体的にプランニングしなきゃね。

 そして諸々全部を纏めた上で、ご相談とお話しを持って行かないと失礼になるわ。

 師匠や彩華さん、それに璃央さんははどんな顔をするのかな?


 やっぱり驚くわよね。

 あたしがこんな事を考えてるだなんて青天の霹靂だと思うわ。

 でもあの暖かい人達に囲まれて暮らしたいのよ。あたしは。

 スローライフへの憧れじゃないわ。それは断言できる。

 結果的のそうなるだけ。


『笑ってる弥生ちゃんが可愛らしいんだからさ』


 不意に過ぎったのは、璃央さんに照れ臭そうな笑顔で云われた事。

 あたしは一瞬でドキドキしちゃって『聴き取れなかった』って咄嗟に意趣返しみたいに装って誤魔化した時の。

 可愛くないわよね……あんな云い方しちゃったのだもの……

 なんであんなお返事しか出来なかったんだろう……

 もしも、あの瞬間に戻れるならもっと素直になれるのに。



 洗い物を済ませてお風呂に入ったら、自分のお部屋で過ごす事にしたわ。

 最初にしなきゃいけないのはベッドメイクね。

 と云ってもシーツを掛ければ完了なんだけど、先に済ませて置きたいじゃない。

 母さんから借りたスマホの充電器をあたしのに差して、ダウンロードして在るライブラリからボサノヴァを流す。

 透明感の在る独特な響きのコード感が良いのよね。

 いまは初夏で季節的にもピッタリだし、眼を瞑ると浜辺に居るような感覚にさざ波の潮騒が聴こえて来そうだわ。

 

 ポキッポキッ


 眼を閉じてうっとり聴き入ってたから、着信音がまるでノイズのように聴こえたわよ。

 って誰よっ。もう。


【弥生。いまからそっち行って良い?】


 あれ? 愛ちゃんだ。

 こんな時間に切羽詰まってるじゃない。いったいどうしたかしら。


『どうしたの? なにか在ったの。あたしは構わないけど、いま実家の方に居て今日はお泊りよ。こっち来る?』


 ポキッポキッ


【それは好都合かも。さっき父親と云い合いになっちゃって、家を飛び出しちゃったのよ。こんな時間だけど行って良いならタクシーで行くわ】


『こっちは大丈夫よ。泊まっていくでしょ?』


 ポキッポキッ


【助かる~。途中でビール買ってそっち行くから宜しくね。たぶん二十分くらいで着くと思うわ】


『了解よ。あんたのお母さんにはあたしの家に泊まるってメールしときなさいよ』



 愛ちゃんはあたしの高校以来の親友なの。

 相葉あいば愛望まなみが本名なんだけど、相葉の『あい』と愛望の『愛』で愛ちゃんって呼んでるわ。

 何が在ってお父さんと喧嘩したのか解からないけど、あたしには何となくだけど察しは付くかなぁ。

 でもそれはこっちに来てから、時間も在るしゆっくり聴けば済む事よね。

 それよりお泊りだからお布団を一式持って来ないとねっ。



「母さん。これから愛ちゃんが来るんだけど、お泊りだからお布団一式借りるわよ」


「あら。愛ちゃん。久しぶりね。でも急にどうしたのよ」


「あぁ。なんかねぇ、小父さんと喧嘩したらしいのよ。小母さんだけには今夜は泊まる事をメールしときなさいって云ったから心配ないわ。多分タクシー使ってもう直ぐ着く筈よ」


「了解。お布団の場所は解かってるでしょ? 勝手に持って行きなさい」


「ありがとう。それと少しおつまみ作るから冷蔵庫の中の使うわよ」


「適当にやりなさいな」

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