三話 やりたいこと 出来る事

やりたいこと 出来る事 Vol1

 あたしは実家に向かって商店街を抜けて行くのだけど、ちょいちょい顔馴染みやお知り合いに会ったりするからその度に引っ掛かって、ひと言ふた言ご挨拶やお話しするとなかなか一筋縄に進めないわ。

 皆さんがあたしを気に掛けて貰えてるのは嬉しいけど、決まってお話しの内容は同じなのよ。


『結婚したの?』『良い人居ないの?』『紹介するわよ』って。


 何かの三原則かぁ! って突っ込みたくなるのはあたしが何かに毒されてるから?

 悪気が無いのは承知してるけどお独り様にはグサグサ刺さるのよ……

 皆さん一度にまとまって来てくれれば一回云えば済む事なのに……

 それならこんなにザックリと胸に刺さらないと思うのだけどっ。


 ドクシン デス。アイテ モ イマセン。 ジブン デ サガシマス。

 ッテ セナカ ニ ハリガミ シタラ イインジャナイ?


 や・め・て!

 そんな恥ずかしい上に自虐過ぎる事なんて出来るわけないでしょっ。

 クーデレさんの冗談なのも解ってるけど、語るに落ちるって事になりかねないから敢えてこれ以上は云わないけど。

 現実逃避したいってネガティブな考えから気分転換も出来たし、ありがとうって云って置いてあげる。



「ただいまぁ。母さん居るぅ?」


「弥生ぃ? おかえりなさい。突然どうしたのよ」


「どうしたって? 別に何もないわよ。近くまでプレゼントを探しに来たから寄ってみただけ。はい。これ。おみやげのケーキ。お茶にしない?」


「じゃぁ、お父さんを呼んで来なさいよ。弥生はコーヒーで良いの?」


「ブラックでお願いね。あたしはちょっと行って呼んで来るわ。部屋に居るんでしょ?」



 父さんの部屋って書斎では無いけど趣味の為に在るのよね。

 ご近所の散歩や里山を散策して、眼に付いたのを写真に撮ってブログにアップするのが父さんの休日の過ごし方。

 写真はね……お世辞にも素敵とは云えなくて、しかも本格的に写真を撮る気も無いみたいだからカメラは手の平サイズのデジカメを使ってるわ。

 ブログ用に素人が撮りましたって感じのポートレートね。

 父さん曰く『その素人っぽさが親近感を与えるんだよ』って言い訳のようなアバウトなスタンス。

 それでも閲覧してくれる人はそれなりに居るらしく、常連さんとコメントのやり取りなんかもして愉しそうよ。


 部屋のドアをノックして返答を待ってから開ける。



「父さん、ただいま。ケーキ買って来たから呼びに来たの」


「さっき母さんから聴いてたけど、案外早かったんじゃないのか?」


「商店街で知り合いにちょいちょい引っ掛かったから、これでも時間掛かった方よ」


「そうか。話しはお茶しながらでも出来るな。すぐ行くよ」


「オッケー。待ってるわよ」



 あたしはリビングに戻ると、マグカップやお皿を用意して全員が揃うのを待つ事にした。

 コーヒーの香ばしい薫りが漂ってリラックスするわね。

 因みに母さんはコーヒーを淹れるの上手なのよ。

 普通にペーパードリップで淹れてるだけだから、取り立てて変わった事をやってる訳じゃ無いのに何故か美味しく落とせるから不思議だわ。

 

 以前に『コツが在るなら教えて』って頼んでみたけど、当事者の母さんが無自覚だから教えようが無いって云われて諦めたが事が在ったわね。

 あたしは見よう見まねで何回もやってみたけど味も薫りも別物だったわ。

 使う豆やドリップ方法もなにかも同じなのに、母さんが淹れたコーヒーに近付けないからちょっと悔しかったのも覚えてる。


 さっきの言葉通りに父さんも直ぐに来ていつもの席に座り、あたしはカップにコーヒーを注ぎお皿に盛り付けたケーキを配り終えると定位置に座ったわ。



「ケーキはみんな違う種類なんだな」


「父さんはクリーム苦手でしょ? だからアップルパイにしたのよ。母さんのは一択だから云うまでも無いわね。あたしのは気分だからこっちが良いなら交換しましょ」


「それもクリームだろ。父さんはこれで良いさ」


「そう云えばケーキも久しぶりね。ひと月くらい振りかしら?」


「そうなの? 前は週に一回はおやつに食べてた気がするけど」


「それはあんたがこの家に居たからよ。父さんと二人じゃケーキはあまり食べないもの。最近はコーヒー飲む時もだいたい市販のクッキーだわ」


「そうなんだ。だったら存分に味わって食べて」



 こんな感じに他愛もない世間話や近況をお喋りながらコーヒータイムになったの。

 実家だし家族しか居ないから畏まる必要も全くないし、まして遠慮する必要もないからね。

 ひと月に数回は母さんと電話で話すけど、こうして帰って来るのは二か月振りくらいかな?

 イコール父さんと話すのも二か月振りって事になるわ。

 そう考えると父さんのヒエラルキーは低いのね……少し可哀想になるわ。

 あたしも含めて娘にとっての父親って、そんなものなのかしら?

 紫音ちゃんと綾音ちゃんにとっての透真さんもそうだったし。ふふふ。



「弥生。あんた今晩はご飯食べて行くでしょ? 食べたい物は在る?」


「そうねぇ。そうしようかな? 食べたい物かぁ……逆に聞くけどあたしが来なかったら何にする予定だったの?」


「今日は唐揚げにする心算だったわよ。お弁当用の作り置きも兼ねて揚げるから量も沢山あるわ」


「唐揚げならあたしも食べたいしそれで良いわよ。そうだ。母さん。お豆腐としらす干しは冷蔵庫に入ってる?」


「在るけど何するの?」


「この前ね、面白いレシピを思い付いて作ったのだけど評判も良かったのよ。だから父さんのおつまみに出してあげようかなって」


「それならあんたも父さんに少し付き合ってあげなさいな。明日もお仕事はお休みなんでしょ? 泊まって行けば良いんじゃない。部屋だってそのままなんだし。シーツを掛ければベットも使えるわよ」


「それじゃぁそうするわ。ちょっと汗掻いちゃったしシャツだけ着替えて来るから、その後で晩ご飯のお手伝いするって感じで良いでしょ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る