弥生の探しもの Vol3

 ふぅ~着いたわねぇ。

 時間はっと……まだ九時半だからお店の開店には少しだけ早いわ。

 これはあたしの想定内で、お店を廻る前に漠然としてるプレゼントのイメージを整理したりするのに使おうと思った時間。

 理想通りの商品を視つけられなくても欠かせない条件に優先順位付けして、諦めみたいな妥協をしない為にイメージを構築する静的なゆとりは有効な筈だわ。

 移動中に考えてた通りコーヒーをテイクアウトして、ゆったりと飲みながら時間を過ごそうかしらね。


 あたしは駅の改札を通るとコーヒーショップに飛び込んだわ。

 週末の朝で、店内は空席もいっぱい在るけどテイクアウトする事にしたの。

 お天気も良くて、気持ち好い風が吹いてるこんな日はお外が一番よね。


 オーソドックスだけど『本日のブレンドコーヒー』のトールサイズを注文すると直ぐに用意してくれて受け取れたわ。

 ディスプレイウインドゥに在ったマフィンにも惹かれたけど、店内じゃなくてテイクアウトが前提だから我慢したの。

 カップを右手に持ってお店を出ると、もたれて座るのに丁度いい植え込みを視つけそこに向かった。

 あたしのお尻の位置よりちょっとだけ低い、植え込みの縁のブロックに腰掛けコーヒーをひと口含むと、淹れたての香ばしい薫りが気分をより爽快にさせてくれる。


 インパクトは少ないけどスッキリした味で、アクセントとして酸味は在るけど『モカ』では無い気がするわね。

 となると『キリマンジャロ』をベースにしたブレンドなのかしら?

 基本的にあたしのお好みはディープローストの苦みが後味までしっかり残るコーヒーだけど、普段と違うテイストにも抵抗感は全くないわ。

 逆に云うと自分ではあまり手を出さないコーヒーを堪能できるチャンスで、新たな発見も在るって事なのよね。


 こんなふうに日替わりでブレンドの味が変わるのって飽きないし、最初の一口を含むまでワクワクして愉しいの。

 それにテイスティングを兼ねて飲んでみて、気に入ったらそのブレンドで豆も販売してくれるのだからお家でも愉しめるじゃない。

 コーヒー豆のブレンドってカレーのスパイスと同様に何種類も必要だから、一般的な会社員のあたしでは、コスパ的にも量的にも手を出し難いものなのよね。


 こうしてあたしはコーヒーの薫りと程好い苦み、そして心地いい風を堪能しながら時間を過ごしたわ。

 時計を確認するとお店が開店する頃になってたから、空になったカップをコーヒーショップに戻って店内に設置して在るダストボックスに放り込み、いよいよメインイベントのタンブラーを求めて街を散策する事にしたの。

 ゆっくり歩きながら、ウィンドゥショッピングみたいに店内を覗き込み当たりを付けて行く。

 ひと通りぐるっと廻ったら、目星を付けたお店に入っては出るって感じで数件の店内を視たのだけど、素敵なタンブラーに出逢えなかったわ。

 視つからないのは残念だけど、簡単に探せないのは予想してたからこのくらいの事じゃ諦めてあげないんだからねっ。


 散策する街を変えるのに再び電車に乗って移動した。

 さっきと同様にブラブラしてから数件のお店に入ったけどやっぱり結果は芳しくなかったのよ。

 こんな時は少し気分を換えてみるのも良いわね。

 根を詰めて探して変な妥協をしちゃうのも嫌だし。

 そう考えて次の街へ移動する事にしたのだけど、電車で一駅だから気分転換を兼ねてお散歩する事にしたわ。


 街路樹の細い枝が深緑の葉っぱと一緒になって、微風に揺れて気持ち好さそうよ。

 こんな感じに辺りを眺めながらゆったりした気分でお散歩を満喫してる。

 いつもなら電車に乗って移動する車窓から視てる景色でも、視点が変わると物珍しくなるのって不思議ね。

 

 そんな時、何かを切るような削るような聴き慣れない音がして来たわ。

 舗装路のアスファルトを切る時みたいな感じなのだけど、もっと小さくて軽い感じの音なの。


 あたしは気になってしまい目的地から外れるけど、音のする方へと耳を頼みに追っかけてみる事にしたわ。

 少しずつ音が大きくなって行くから方向は間違って無い筈。

 蜜の薫りに吸い寄せられる蝶々ように、暫くあたしは音の発信源を探し路地から路地へと渡り歩いて行くと、その甲斐も在って遂に発見したわ。

 そこは工房のようでも作業所のようでも在って、小規模な工場にも視えなくは無いわね。


 出入口の引き戸は開けっ放しだから中を覗いてみる事にしたわ。

 そこであたしが視たのは衝撃的なっ!!


 なんて大袈裟だったかしら。

 あたしが眼にしたのは、以前ドキュメンタリー番組で視たことの在る江戸切子みたいな細工をする職人さん達だったわ。

 こんなに間近で視るのは初めてだし、綺麗だし、面白いから、ついつい魅せられちゃった。


 ハジメテ デ キレイ デ オモシロイカラ? ドレカ ヒトツ ニ シナサイナ。


 それじゃぁ……面白いからっ! 決まりねっ。


 ヤッパリ ソレ ナノネ。オモッタ トーリヨ。オコラレナイ ヨーニ シナサイ。


 らじゃぁ。




「何か用かい? 初めて来る人って事は新人さんかな?」


「こんにちは。通り掛かっただけなんですが、少し拝見させて戴いても良いですか?」


「違ったのか。そりゃ失礼。そこから視てるなら構わないけどあまり面白いものでもないよ」


「そんな事はないですよ。素敵な細工ですね。因みに新人さんって何ですか?」


「それかい? ここじゃ請け負った工程を細工するだけだから、次の工程の磨き屋の人かと思ったんだよ。勘違いして悪いねぇ」


「そんなの全然構わないですよ。勝手に覗いてたのはあたしなんですから。いま手に持たれてるのはガラスのタンブラーですよね?」


「ガラスに視えるかも知れないけど、これはアクリルなんだよ。簡単に云えばプラスチックみたいな樹脂のコップなんだ」


「えっ! アクリル製なんですか? 今日あたしがずっと探してたものです」


「そうなのかい? それは良かったねぇ」


「そうなんです。樹脂製のタンブラーをプレゼントしたい人が居て探してたんです。譲って戴く事は出来ますか?」


「ここでは完成品までの加工はしないから譲るのは無理だけど、完成品を販売する店なら紹介してあげるよ」


「是非お願いします。ご紹介戴けるならそちらへ伺って購入しますっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る