弥生の探しもの Vol2

 長閑のどかな雀の鳴き声に穏やかな陽射しと微風が吹く、早朝とは云えない時間にあたしはドアを開けた。

 蒼空を見上げ気持ち好さそうに流れる雲に微笑みながらドアをロックする。

 荷物が増えても大丈夫な様に持って行くバックパックにお部屋のキーを放り込み、最寄り駅までお散歩でも愉しむかのようにウキウキして歩く。

 あっちに着く頃には色んなお店も開店時間になる筈だわ。


 今日はお仕事がお休み。待ちに待った週末の連休初日。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんのプレゼントを、何軒もお店を梯子する覚悟で素敵な出逢いを求めて探しに行くつもりなの。

 平日の出勤する時間よりは遅いけど、爽快な朝の清々しさが残る街を穏かで気持ち好く吹く風に背中を押され、颯爽とのんびり気分な軽い足取りで歩くあたしです。

 ダメ元で構わないファーストステップ的な感覚で、自宅からだとちょっと行き難い街から視て周ろうって少し早めにお家を出たわ。

 

 今日の服装はと云うと、お買い物はきっと難航すると思うから動き易さを重視したけど、やっぱりちょっとオシャレはしたいじゃない? 

 だからコンセプトはズバリ、目立たなくてカッコかわいいなの。

 トップスは普通のTシャツなんだけど、両手を自由に使えるリュックを背負ってしょって機能性との両立を図ったのがポイントよ。

 素敵な出逢いがあるまで何軒もお店を廻ると思うから、好意的に云うならどこでも浮かないで溶けこめる、悪く云えば地味で空気なその他大勢。

 えぇ、そうですともっ。地味なモブですよ!


 でもね、これは考えた上で敢えてのコーデなのよ。

 店内に入って素敵なタンブラーが無かったらそのままお店を後にする。

 これを繰り返す事になるでしょ?

 良い意味でも悪い意味でも目立ってしまうと店員さんや他のお客さんの視線が痛いじゃない。

 一見地味なこのカラーコーデも含めて、眼に留めても違和感を感じないチョイスは間違ってないと思うのよ。


 例えば街路樹には安らぎのような親近感を覚えたりするけど、穿った見方をすればアスファルトやコンクリートだらけの街に樹木が植えて在るのだから、違和感の塊みたいって思っても不思議ではない状況じゃない。

 でも実際は違う感覚で捉えてるから見慣れるほど一般的なのよ。


《アー マタ メンドーナ コト イイハジメタ ワヨ。コノオンナ……》


 だから今日のコーデはトータル的に狙い通りって訳ね。

 いっぱい言い訳しちゃったけど、全てはプレゼントをゲットする為なのよ。

 謂わばあたしの決戦装備って事だから、そこはお間違えない様に。


 あれから色々ウェブサイトで樹脂製のタンブラーを探したけど、これだって感じの収穫は無かったわ。

 それで気が付いた事と云えば、同じ商品を様々なお店で売られてるって事かな。

 逆説的に云うとそれだけ種類は少ないって事になるわよね。

 あたしの探してるイメージはガラス製みたく透明感が在って、飲み物を注いだ時に『調和した魅力的な彩りが映える』そんなタンブラーが理想なのよ。

 ウェブで何十ページも閲覧したけど見掛けなかったから、簡単に見つかるとは思ってないわ。

 でも、探さないと見つからないでしょ? 千里の道も一歩よりってね。


 週末の電車のダイヤは平日と違って少し間隔が長い気がする。

 それでも数分だから気になる程じゃ無くて、感覚的にそう感じるだけの誤差みたいなものなのよね。

 誰かと待ち合わせもして無いから時刻表をチェックしてないし、焦燥感なんて皆無で寧ろ素敵な出会いが在るかもってワクワクしてるくらい。

 何よりも公共の交通機関で移動するのが普通な事の一般庶民のあたしには、何でもない事と云うのが本音なのかも。


 最寄り駅のいつものホーム起って、どこか弛緩した空気が漂ういつもと違う雰囲気は、週末ならではの新鮮な感覚かな。

 あたしがスーツを着てなくて軽装って事も在るけど、エネルギッシュなパワー? エナジー? そう云ったものが感じられないのよ。

 なにしろ人の数が疎らで、お仕事がお休みの人はまだお家で寛いで居るんだわ。

 最初の目的地に着いたらコーヒーショップでテイクアウトして、どこか良い感じの場所でゆっくり味わって飲むのも素敵ね。




「……り央。璃央っ。起きろ。またこんな所で眠りやがって」


「……ん? 透真か? 眩しいな……朝か」


「ああ。そうだよ。朝だ。ほら起きろ。コーヒー持って来たから」


「おお。サンキュー」


「彩華からの差し入れだ。朝メシはまだだろ? 野菜サンドと玉子サンドも持って来たから食え」


「すまないな。彩華さんにお礼を云っといてくれよ。ちょっと顔でも洗って眼を覚まして来るから」



 透真は辺りを見廻して、惨状と云って差し障り無い状況を呆れ半分に溜息混じりでボヤいた。


「まったく、璃央の奴は何やってんだか」


 普段ならきっちり整頓されてる作業場も、辺り一面に工具が散らばっている。

 それを視て透真は思った。


 《朝まで作業していて力尽きて眠ってしまったのだろう》と。


 納期なんて多少なら動かせる仕事を、これだけ根を詰めてしてるのは弥生ちゃんのバイクだからって事なんだろうな。

 レース前の整備なら予選開催日の前日までに仕上げなければならないけど、今回は無茶する必要は無いだろ……。



「お待たせ。コーヒーはどこだ?」


「馬鹿なこと云ってんじゃねぇよ。サロンだ。作業場じゃ落ち着いて食えないだろ」


「それもそうだな。サロンに行くぞ。透真」


「それは俺の台詞だ」



 サンドイッチを盛付けた皿のラップを外し、二つのカップにコーヒーを注いで朝食となった。

 璃央の前にはインスタントのカップスープも並ぶ。



「透真。お前は食わないのか?」


「俺はもう済ませてるよ。何時だと思ってるんだ」


「そうだな。お前たちは休みでも七時には朝メシだからな」


「そう云う事だ。全部食っちまえよ。残すと彩華の機嫌が最悪になるんだからな」


「解ってるよ。そんな恐ろしい事は出来る訳ない。機嫌だけじゃなくて実力行使で暫く野菜だけのメシになりかねないだろ? 強制的にダイエットさせられる」


「まぁな。それよりお前、何で徹夜してまで整備してたんだ?」


「あぁ、それな。キリが悪くて丁度良いトコまでやってたら明るくなって来ちまったんだよ。それだけだ」


「そうか。無理は良いけど無茶はするなよ」


「透真さぁ。それ無茶苦茶だそ?」


「照れるんじゃねぇよ」

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