二話 彼の地への希望
彼の地への希望 Vol1
ふぅ~。さっぱりしたわ。
グラタンはっと――良い感じで焼けてるじゃない。
これはお腹が空いてくる薫りよね。
ピザもそうだけど、どうしてチーズを焼いてるとこんなにお腹が空くのかしら。
きっとDNAに刻み込まれてるに違いないわねっ。
でも素敵なカロリーだから、いっぱい食べちゃうと後悔する事になるのよね。
しかも今晩はポテチを使っていてカロリーは更に素敵な事に……
眠る前のストレッチを多めにして少しでも消費しないと駄目ね。
そうだわっ。璃央さんが半分揶揄うように挑発してきた腹筋運動を頑張って、ノルマの三割増量でトレーニングすれば摂り過ぎるカロリーも消費出来るかも?
鶏のソテーは――どれどれ――
こっちも良い感じに焼き色が付いて美味しそうだわ。
これはそのままサラダに載せて、焼いた時に出た旨みを含んだ脂をドレッシング代わりに廻し掛けてぇ――酸味にレモン果汁も振ってサッパリとね。
薄切りにしてカリカリにトーストしたバゲットに載せても美味しいけど、あたしだけだとちょっと量的に難しいなぁ……
美味しいのが解ってるだけに悔しいわ。
こんな時に璃央さんが居たら丁度いい量に調整出来るし、バゲットを追加して美味しいものを少しずつ食べられるのに。
アプリで『ちょっと顔だしなさいよっ』って呼んじゃおうかしらね。
って云っても来れる筈ないけど。
そうだわっ! 良いこと思い付いちゃった。
これを写真に撮ってアプリで送っちゃえ。
画像を視ながら悔しがらせて悪戯しちゃおっ。ふふふ。
綺麗に並べてぇ――ビールも写るように置いてぇ――カシャ!
『こんばんは。今日の晩ご飯よ。美味しそうでしょ。食べたかったらいらっしゃい』
画像を添付して送信っと。
どんな顔するんだろ。
やっぱり普通に悔しがるとか?
それじゃ芸が無いわねぇ。
まさか既読スルーでガン無視されたらどうしよう……
それだけは嫌だなぁ……
せめて『美味そう』とかの一言でも良いからリアクションは欲しいわ。
ポキッポキッ
【今から行くから残して置いてよ】
えっ? レス早くない? 璃央さんって暇なの?
既読スルーの心配してたのに即レスだなんて、あたしが馬鹿みたいじゃない。
なにか悔しいわねぇ……どうしてあげようかしら。
『来るのは良いけど、一時間以内に着かないとあたしが全部食べちゃうわよ。急ぎなさい』
ポキッポキッ
【一時間以内はムチャだろ。せめて朝まで残して置いてくれよ】
どっちがムチャなのよ。朝まであたしにお腹を空かせてろって事?
これは悪戯から意地悪にジョブチェンジする必要が在るわね。
視てなさいよぉ。
あたしはフォークを手にして鶏のソテーに刺すと口元の近くで『あーん』ってカメラ目線。カシャ!
『残念でした~。あたしが食べ終わるまでに来なさい。美味しいわよぉ』
ポキッポキッ
【待てって。俺が行くまで食べるの無しな】
『嫌よっ。あたしだってお腹が空いてるもの。どっちが早いか競争よ』
ポキッポキッ
【仮に俺が一時間以内に着いても残ってないだろ? さては食わせる気ないな?】
『ふふん。さぁてねぇ~。でも正解よ。これは意地悪だもの』
ポキッポキッ
【意地悪って何だよ。俺は弥生ちゃんに何もしてないぞ】
『してないわね。でも意地悪したい気分なのよ。諦めて』
ポキッポキッ
【理不尽過ぎるぞ】
あたしは暫くこんな風に璃央さんとお話ししたわ。文字だけど。
即レスで返って来るから、本当にお話ししてるみたいな感覚になるわね。
こんなレスのラリーが三十分くらい続き、璃央さんがこう切り出したわ。
ポキッポキッ
【今日は早い時間から飲み始めたから眠くなって来たよ。明日は朝が早いからごめんな】
『そう。分かったわ。明日のお仕事のお邪魔はしたくないからゆっくり眠って』
ポキッポキッ
【そうさせて貰うよ。弥生ちゃんもゆっくりね。おやすみ】
『おやすみなさい。璃央さん。良い夢をみてね』
思い掛けない即レスに嬉しくなったり、ちょっぴり悔しくなったりと複雑な時間だったわね。
久し振りに璃央さんとお話し出来たから夢心地で、説明も出来ないし不思議だけど何か安心するのよ。
今夜はぐっすり眠れそうだわ。
ありがとう……璃央さん。
それからのあたしはお気に入りの音楽とビールをグラスを傾け、晩ご飯代わりにおつまみを食べてゆっくり過ごしたわ。
もちろん、紫音ちゃんと綾音ちゃんの為に、少しでも素敵なプレゼントにしたいから樹脂製のタンブラーをリサーチもしたわよ。
やっぱり検索エンジンに引っ掛かるのはガラス製が殆んどね。
お目当ての樹脂製のも稀に在るのだけど、歯磨きする時に使うのかしら?って感じでパッとしないのよ。
今度のお休みに色んなお店を廻って自分の脚で探した方が、素敵な出逢いも在りそうな気がして来たわ。
手探りになっちゃうけど、結果的にその方が良いって漠然と感じるの。
具体的にどこへ探しに行ったら見つかるかしら?
新宿や渋谷なら置いてるお店も在りそうだし……もしかしたら下北沢や原宿の裏通りに在る可能性も?
青山に在るお店でも期待出来るけど……
もし素敵な出逢いが在っても、きっとお値段も素敵過ぎて手が届かないかも知れないわねぇ……
お酒の助けも在りリラックス出来たみたい。
少し眠くなって来ちゃったの。
明日は商品をリサーチするのでは無く、お店を探す方向に切り替えてみましょ。
夜更かしすると朝になって鏡を視て後悔する事にもなるから、今夜の所は睡魔に委ねて眠りましょうかね。
璃央さん……おやすみなさぁい……
ポキッポキッ
【おやすみなさい。璃央さん。良い夢をみてね。】
「さてと。もう少し頑張ってみるか。弥生ちゃんも元気そうだったしな。明日の朝までには何とか形に出来るだろう。一番手間の掛かるエキゾーストさえ完成したら先も視えて来るからな」
自分自身を鼓舞するようにそう独り言を呟くと、疲れた顔の口角を少し上げて穏やかな笑みを湛え璃央は起ち上がる。
街灯も無く周辺は真っ暗な中に浮かび上がるが如く、煌々と照明の点る作業場に独り黙々とカスタムバイクを製作する姿を弥生は知る由も無い。
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