淡く感じる日常で Vol3
出社後のルーティンの様にあたしは自分のデスクへ行き、バックを置いたらパソコンのパワースイッチを押して起動させる。
昨日の内にプリントアウトして綴じて置いた、ミーティング用の資料をパラパラと捲り確認してから課長の居るデスクまで持って行った。
差し出した資料を受取る時に『サンキュー』って、いつも通りフランクな口調でお礼を云われると璃央さんの顔が過ぎってしまうなんて……
二人に共通点は全然無いと思うし、顔も声も全然似てないのに何でなのだろ?
課長の年齢は五十代で璃央さんのダブルスコアくらいだから、どちらかと云うと慎之介お祖父様の方が近いわね。
二日目以降の璃央さんが、あたしに対してフランクな口調になったのと被った?
それともお祖父様の事をちょっと考えたから、親近感もプラスされ相乗効果で不思議な進化的な飛躍をしてしまった?
まぁ、こんなの偶々だし、そう云う事も在るわよって流してしまいましょ。
でも……何で気にしちゃったのかしら?
止め止めっ!『アァ~ メンドクサイッ!』ってクーデレさんに云われてしまいそうだもの。
そんなの云わせないわよぉ~。だって自己完結したもの。
こんな時しか云えないから『ざまぁ?』って感じねっ。
「おい。神駆絽っ。何をニヤけてるんだ? そんなに自信作なのか?」
「へっ? そ、そんな事ないですよ? プランは練ってますけどフレキシブルな対応の為に詰めて無いですから、ファーストインプレッションに過不足ない程度です」
「全く。朝からニヤけてたりして変な奴だな。緊張し過ぎるより良いけど。でもな、慣れた頃にやらかすもんなんだから気は抜くなよ」
「はい。それは肝に銘じます」
いけないわね。お仕事中なのよ。
今日は大事なミーティングが控えてるのだし、失敗に終わると契約も貰えないからリカバリーだって利かない。
せめてミーティングが終わるまでは気を引き締めなきゃ。
そう云えば異口同音で師匠も彩華さんに云ってたわ。
慣れたからって油断したら、例え拙くて慎重になり過ぎてる頃よりも大きな失敗をするものよね。
『ふざけてんの? ああ。やめ止め! このカスタムの話し無しにしよ』
あぁぁ……また……
あの時に璃央さんが怒りながら、でも凄く悲しそうな眼をして云われた事。
あたしが璃央さんに慣れて甘えてしまい、調子に乗って云ってしまった余計な一言に返って来た、悪い夢の中の出来事みたいな怒気がフラッシュバックして来た。
いま想うと顔が真っ赤になるくらい恥ずかしいし、あの時のあたしの口を塞ぎたくなるくらい後悔してる。
《どんなに慣れても調子に乗ったらダメだって教訓にするのよ。解かった? あたし》
これでは駄目ね。今はお仕事の時間なのだから。
気を引き締めてもう一度資料を読み返し、課長やクライアントさんからどんな質問や確認されても、スムーズに応えられるように頭に叩き込まないとね。
スーツのポケットにいつも忍ばせてる、デスクワークには必需品のブルーライトを軽減するカットグラスを掛ける。
自分のデスクに座り深呼吸してマウスをクリックする。
社内メールのフォルダを開き、連絡や予定変更の有無をチェックすると資料に眼を落として読み始めた。
少しだけ眼鏡のお陰で知的に視えるあたしがプリントアウトした資料を読み終えると、念の為にバックアップサーバーの方からもデータを落としてモニター上で確認する。
これは課長のお仕事の進め方なのだけど、さっき渡した資料は昨日の内にサーバー上で眼を通していて、訂正箇所や添削する必要が在ったら済ませてアップして在る。
それなのにシレっと惚けてあたしに確認したのは、どんな意図で資料を作成したか探る為なのよね。
大幅に変更してたり全然ダメだと、さっきに時点で云われてる筈だから間違い探しのようなもの。
あたし的にはゲーム感覚で楽しみなんだけどっ。
『赤と白のボーダーシャツ眼鏡くん探しちゃうわよぉ~』って感じね。
その結果は変更も添削も無かったのだけど、流し読みしたら見落としてしまいそうなほど些細な、二つ重なった接続詞を課長好みに直して在ったわ。
でもこれって課長の悪戯みたいなもので、承認の捺印代わりだったりもするのよ。
資料に眼を通して問題が無かった事を暗に伝える為の足跡ね。
顔を会わせた時に直接云えば良いのにって、疑問に思って聞いた事が在ったけどこんな風に云われたの。
『仕事にちょっとした遊び心も在った方が楽しいだろ? それに改めて資料を熟読すると理解も深まって結果的にクライアントの為にもなるんだよ』
こう云われて、この過程も一石二鳥なのだと納得できたわ。
考えてみると、あたしの周りには日常の何でもないような事から、教訓や愉しみをナチュラルに見出す人って多いのかもね。
師匠や彩華さんがそうだし、きっとお祖父様や透真さんもそうだと思ってるわ。
璃央さんは勿論って付くほど、日常から愉しみを見つけられる人だしね。
でもあの人に限っては、それだけじゃ無く少しだけ違うものが混ざってるような気もするの。
どこか得体の知れない何かが潜んでるって。
気配って云えば良いのかな?
映画やドラマでアメリカの人が云う、ガットフィーリングなんだけど解って貰えるかな。
ハラワタ ッテ ショーチョー ノ ヒリツ ガ オオイ ワヨ。
ソレワソレワ センサイナ カンカクキカン ナノネ。
あのねぇ……喩えでしょ。比喩よっ。
小腸とか具体的にリアルな事を云わなくて良いからっ。
あっ。でもガットだからあながち間違って無いのかもねぇ。
ノンキナ コト イッテナイデ オシゴト シナサイナ。
クーデレさんだけには云われたく無いわよっ。もう。
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