17
(……この女、思ってた以上にしつこいな)
通路を挟んで斜め後ろに座っている愛を尻目に、よくもまぁそんな監視しやすい席が取れたものだなと、潮は感心すら覚えていた。
愛はというと、上映中は映画などそっちのけでずっと維伸のことを眺めており、
「面白い映画だったね。前知識なしで観た映画だったから、途中からまさかあんな展開になるとは思ってなくて、びっくりしちゃったよ」
「あ、あぁ……そうだっけか?」
潮もまた、愛の存在が気になって映画の内容に集中できなかった様子だった。
その後、潮は維伸を連れ立って街の至る場所を巡ったのだったが、
その間も愛は二人の尾行を続け、
潮が愛の気配を感じないのは、せいぜい男子トイレぐらいなものだった。
(ここまでくるとどこまでついてくるのか確かめたくなるな)
潮はレンタルビデオ店の十八禁コーナーに無理やり維伸を押し込み、後ろを振り返った。
さすがにこの場所には入れまい――という潮の予想に反して、
愛は堂々と暖簾をくぐり、周りにいた男性客たちをぎょっとさせた。
(この女には羞恥心ってものがないのだろうか)
「潮……早く出ようよ」
「あのなぁ……」
情けない声で退出を促す維伸に振り返り、
「いい歳した大人がこんな場所ごときに、何恥ずかしがって――」
と、言いかけて口をつぐむ。
維伸の表情は羞恥というより、血の気が引いて今にも倒れてしまいそうな顔色をしていたからだ。
(コイツ、こういうのまだ駄目なのか……。難儀な奴だな)
そう思い潮は目の前の棚にあるパッケージを手に取った。
「今選んでる最中だから、少しぐらい我慢しろ」
「えぇ? 借りるの?」
「この辺だったらお前でも観れるんじゃないのか。そんなにハードそうな内容じゃなさそうだし」
「……いいよ僕は。こういうの、興味ないし」
断ったところで潮の行動が覆ることがないのだと理解しているのだろう。
維伸は迷惑そうにしつつも、大人しく持たさせられていたカゴを差し出した。
「……おい、お前。これはちょっとシャレにならないだろ……」
「シャレにならないって?」
「これだよ、これ。お前まさか、こういう趣味があるわけじゃないだろうな……」
潮はカゴに入っていたパッケージを手に取り、表側を維伸に見せる。
そこには、『高校教師の俺が教え子と過ごした熱い夜』というタイトルと共に、女子高生(成人済み)の露わな姿がパッケージに描かれていた。
「僕じゃない」と、維伸は顔を真っ赤にさせて必死に否定する。
その様子を見て、潮は周囲を見渡した。
「…………」
何の恥ずかしげもなく女子高生物のアダルトビデオを物色している現役女子高生の姿を見つけ、
(今日一日維伸と一緒に過ごして分かったが……コイツは本物だ)
潮は、愛が普通の女子高生ではないことを確信した。
「夕飯はどうする? 遅くなったから、どこかで食べて帰るか、お弁当でも買って帰る?」
「あー……悪い。この後、人と会う約束ができた」
「もしかして、例のマッチングアプリの人?」
「ま、そんなとこだ」
「今から会うってことは……泊りがけになるのかな。明日の朝、荷物が届くのに大丈夫なの?」
「いや、用が済んだらすぐ戻るつもりだ。また後で連絡する」
そう言い残し、潮はサッと車両から降りた。
――ちょうどその頃。
愛は開いている扉を背に、同じ車両の離れた場所にいる維伸の姿を探していた。
(あれ? あの男がいない……)
いつの間に降りたのだろう。
そう考えた瞬間、
背後から伸びてきた手が愛の上着の後ろ襟を掴み、
停車中の車内から、愛の体を無理やり引きずり降ろした。
「…………」
呆然としている愛の前で電車の扉は閉まり、そのまま過ぎ去って行った。
自分の身に何が起きたのだろうと――ゆっくりと愛が振り返ると、
そこには両腕を組み、見下すような視線を向ける潮の姿があった。
「…………」
「…………」
しばしの間、互いに睨み合い、
「お前、維伸のなんなんだ」
先に口を開いたのは潮だった。
「なにって。そっちこそ、先生の何なんですか!?」
「…………」
「…………」
どちらも相手の質問に答えようとしない。
再び、二人の間に沈黙が走る。
そんな二人の様子を、同じ駅で降りた乗客たちは何事かと気には掛けながらも、足を止めることはなく改札口へと向かって行く。
ホームから人気がなくなり、このままでは埒が明かないと思ったのか、先に言葉を発したのは潮の方だった。
「今日丸一日、お前の行動を監視させてもらったが……。お前、維伸のストーカーだろ」
『ストーカー』という言葉に、愛の眉がピクリと反応する。
「―――!?」
愛は潮の制止を振りほどき、一目散に逃げ出した。
「おい! 待て、テメェ……!」
改札口を抜け、急いで後を追う。
(なんて逃げ足の速さだ……!)
足の速さだけならきっと自分の方が上だろう。
だが、あの女はこの駅の構造をよく理解しているのか、動きに迷いがない。
「きゃっ――!」
愛にぶつかられた通行人の悲鳴が聞こえる。
(あの馬鹿……! また!)
このままだと怪我人が出るのではと判断した潮は、ぴたりと足を止め、愛が去って行った方向を睨んでいた。
「…………」
道端の自販機の陰に隠れながら、愛は後方の様子を窺っていた。
どうやらあの男は追うのを諦めたらしい。
(安心したら、なんだか急に喉が渇いてきちゃった……。せっかくだからジュースでも買うか)
そう思い、自販機に硬貨を投入する。
ゴトンと落ちてきたジュースを取ろうとしゃがんだ時、
「休憩にはまだ早いんじゃないのか?」
先ほどの男が、愛の腕を掴んだ。
「嫌っ……! は、離してください!」
「テメェ、成果高校の生徒だろ!? 自分の通う学校の教師様にストーカー行為を働くなんざ、ふてぇヤツだな! 退学にされたいのか!」
「わ……わ、わたしはストーカーなんかじゃありません! 誤解です!」
「嘘つけ! こっちには、お前が維伸の家に忍び込んでたことを示す証拠があるんだぞ!」
そう言って潮は、昨日ベッドの下で見つけた合鍵を取り出した。
「あー! それ、失くしたのかと思ってたのに! 返せこの野郎!」
「誰が返すかボケ!」
「それがないと、もう先生の家に入れなくなるじゃないですか!」
「入れなくなるって……」
と言い、潮は絶句する。
「お前、自分が何をしているのか理解してるのか!? お前のやってることは、ストーカーという立派な犯罪行為なんだぞ!?」
「そんなの、貴方には関係ないじゃないですか!」
「関係ないわけないだろ! 俺は――……」
潮が何かを言いかけたその時、
「どうかされましたか?」
警官らしき男が声をかけてきた。
「…………」
潮は愛の胸倉を掴んだまま、辺りをぐるりと見渡した。
どうやら自分たちのやり取りは、かなり注目を浴びていたらしい。
(この状況はまずい――)
直感的にそう思った時には遅かった。
「助けて下さい! この人、わたしのストーカーなんです!」
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