13

 二人はまず職員室へと赴いた。

 他の教員から維伸の居場所を教えてもらい、今度は別の場所へと向かう。

「…………」 

 気が進まない――といった風な表情を浮かべ、愛は廊下を歩き進めていた。

 それは、これから向かう場所が保健室だからというわけではない。

(先生が学校以外の場所で特定の人と親しくしている所を見たことはない。だから多分、恋人はいないはず……なんだけど……)

 もしかすると自分の預かり知れぬところで、逢瀬を重ねているような人物がいる可能性も捨てきれない――という考えに至っていたのだった。

 いくら愛が自分の持てる時間の全てを費やして維伸を監視するよう努めているとはいえ、得られる情報には限度がある。

(この間だって、早退しちゃったし……)

 他にも天候が悪い日や、体調が悪くなった時なんかは尾行を中断する時もある。

 自分は自分で思っているほど、彼の全てを把握できていないのではと――愛は内省していた。

(先生に恋人がいるかどうかは、もちろんわたしだって知りたい。でも――……、もし先生に特別な人がいるなんて分かったら……わたし……)

 そうこう考えているうちに、目的の場所に到着してしまった。

「……先輩?」

 愛よりも数歩先に保健室の前に辿り着いていた梓は、なぜか中に入ろうとはせず、僅かに開いている戸の隙間からじっと室内の様子を覗き込んでいた。

 何をしているのかと、愛が近寄ったその時。


「――今夜、名古屋駅で待ち合わせする予定だって言ってたけど、何時ぐらいに会う予定なの?」


保健室から緑子の声が聞こえてきた。

「特に時間は決めてないかな。新幹線に乗ったら連絡する――って言ってたから、その連絡が来たら向かおうかなって思って」

「乗ってから連絡って……京都駅から三十分ちょいしか掛からないでしょ。アンタが迎えに行く前に、向こうが先に着いちゃうんじゃない?」

「あ、そっか……」

「あんまり待たせると、怒ってどっかに行っちゃうかもしれないわよ」

 緑子の言葉に維伸は、それはないと思うけど――と、やや自信が無さげに笑ってみせた。

(この会話って、もしかして――……)

「先生も隅におけないなぁ~。京都に遠距離恋愛中の彼女がいるんだったら、そう私らにも教えてくれれば良いのに。ねぇ?」

 『彼女』という単語に反応して、愛の眉尻がピクリと動いた。

「そういえば、こっちに戻って来る前はずっと関西で暮らしてたって言ってたっけ。先生が通っていた大学も京都にある美大だし……ってことは、十年ぐらいは向こうで暮らしてたってことだよね。そんなに長く暮らしてたんだったら、彼女の一人ぐらい向こうに残して帰ってきてても不思議じゃないか」

「まだ彼女だって決まったわけじゃ――」

「休日の真っ昼間に待ち合わせするんだったらともかく、金曜日の夜だよ? しかも遠方から来るんだし、どう考えても彼女でしょ?」

「……でも、ただのお友達っていう可能性もあるんじゃないんですか。旅行がてら先生に会いに来たとか、そんな感じで……」

「だとしても怪しいって。愛ちゃんだって知ってるでしょ? 明治先生、男友達が一人もいないんだよ? 学生時代の友達は全員女だったって言ってたじゃん」

「うっ」

「仮に、今夜会う人は彼女とは別の女友達だったとしても。同じ屋根の下で男と女が一夜過ごしたら、間違いの一つや二つぐらい――……って、それはないか。女友達を家に泊めるなんて、彼女にバレたら即浮気認定されるような案件だし。そもそも先生って真面目そうだから、浮気とか出来なさそうなタイプに見えるし。やっぱり今夜会う人が彼女なんだよ。うん、きっと間違いない」

「別に先生は、今夜会う人を泊めるなんて一言も――……」

 愛がそう言いかけた時、

「……久しぶりに会うっていうのに、あんまり楽しみって顔じゃないわね。何か心配事でもあるのかしら?」

 再び緑子の声が保健室から聞こえてきた。

「あぁ、いや……部屋の片づけがまだ終わってなくて。来客用の布団を敷くスペースもないから、寝る所とかどうしようかなって」

「そんなの、一緒のベッドで寝ればいいじゃない」

「それはちょっと……。僕は良くても向こうは嫌がると思うし」

 そう言い、維伸は困ったように笑った。

「ねぇ、今の聞いた? 僕は良くても……だって! 遠距離恋愛中の彼女がお泊りかぁ……久しぶりに会うみたいだし、今夜はさぞかし熱い夜になりそうだね」

 いたずらに囃し立てる梓の言葉を聞き、

「…………」

「あ、ちょっと! 愛ちゃん……!?」

 愛は逃げるようにその場から立ち去った。


 今夜、維伸は恋人と一線を越えるかもしれない。そう思い、愛はいてもたってもいられなかった。部室へと戻る道すがら、どうすれば二人が同じベッドで眠ることを阻止出来るのだろうとぶつぶつと独り言を呟いていると、

「いや、もうとっくに一線は越えてるでしょ。子供の恋愛じゃないんだから」

 と、いつの間にか付いてきていた梓はすかさず突っ込みを入れるのだが、愛の耳には届かない。

 部室の扉を開けようとすると、扉はぴたりと閉じられていた。

 貴重品の類があるからと、念のため梓が施錠をしてから部室を出たからだ。

 すかさず梓がポケットから鍵を取りだして開錠をする。

「愛ちゃんもそろそろ鍵作ったら?」

「作るってどうやって?」

「鍵屋にコレ持っていったら、簡単に複製してもらえるよ」

 そう言って梓は部室の鍵を愛に渡す。

「………………」

 その鍵をじっと見つめて愛は何かを閃いた。

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