12

 ――翌日。

 丸一日は経過したというのに、教室では未だに絵里の話題で持ち切りだった。

 そして、それに対応した維伸のことを話す生徒達の姿も。


「黒川の代わりに来た教師だから、あの先生もヤバイやつなんじゃないのか――って思ってたけど、案外普通っていうか……むしろいい先生っぽかったな」

「別に美術の教師だからって全員が変態ってわけじゃないだろ」

「まぁ、そうなんだけどな。なんとなく芸術家って同性愛者が多そうなイメージあるじゃん。あの先生もあんまし男らしくなさそうだから、黒川と同じあっち系の人なのかなって」

「仮にそうだとしても男子更衣室を盗撮するような人間とは一緒にしてやんなよ。さすがに失礼だろ」


 そのほとんどが良い印象だということで、愛は安心していた。

 前任のことがずっと尾を引いていたのか、いままで維伸はこの学校の生徒たちからあまり好ましい印象を持たれていなかったのである。

(先生への好感度が高くなったこと自体は、喜ばしいことなんだけど……)


「明治先生、前からなんとなくいいなーって思ってたんだよね。美術を選択してなかったから、いままで話す機会とかなかったんだけど」

「だよね。よく見ると結構イケメンだし」


 それが主に、女子生徒からのものだということが気がかりだった。

(なんか嫌な予感がする……)


 そしてその予感はすぐに当たることとなった。


 ――数日後の放課後。

「ねぇ、愛ちゃん。いいニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

 愛が部室を訪れるなり、いきなり梓が尋ねてきた。

「……じゃあ、いいニュースで」

「さっき明治先生が美術室で女子生徒から告られてた」

「そ、それのどこがいいニュースなんですかっ!?」

「まぁまぁ、急かすなよハニー。話は最後まで聞け」

「…………」

 誰がハニーだと呆れつつも、愛は黙って話の続きを聞くことにした。

「明治先生、ちゃんと断ってたよ。生徒とは交際は出来ない、もっと同世代の健全なお付き合いが出来る人を探してください――的な感じのことを言ってね。あの先生のことだからもっと狼狽えたりするのかと思ったけど、全然そんな感じでもなかったから意外だったなぁ……」

(生徒とは交際は出来ない……か………)

 その『生徒』にはもちろん自分も含まれるのだと思うと、なんだか複雑な思いがした。

「で、悪いニュースの方はなんなんですか?」

「それがね、その生徒が結構しつこいタイプの女でね。じゃあ、卒業したらいいんですか――的な感じで食い下がってきたわけなのよ。そしたら先生――……」

「え!? もしかしてオッケーしちゃったんですか!?」

 押しに弱そうな維伸のことだからあり得るかもしれないと、つい大声を出してしまった。

「ううん、もちろん断ってたよ。ちゃんとした理由付きでね」

「ちゃんとした理由……ですか?」

 愛の問いかけに、梓はこほんと咳ばらいをし、

「学校では内緒にしてたみたいなんだけど……実は――……」

「実は?」

「先生、心に決めた人がいるんだって」

 そう言った。

「心に決めた人……? それって、つまり……」

「恋人が居るってことみたい。先生に告白した生徒もそれを聞いて諦めてどっかに行っちゃったし」

「…………」

「これが悪いニュースってわけ。どう? 驚いた?」

 そう言って意地悪な笑みを向けてくる梓に対し、

「いや、絶対に嘘ですよそれ。体よく断るためにそう言っただけなんじゃないんですか」

 愛の方は平然とした顔でそう言った。

「なんで嘘だって断言できるの? 本当に居るかもしれないんだよ?」

「それは――……」

 ほぼ年中無休で、おはようからおやすみまで維伸の暮らしを見守ってる愛が、一度もそれらしき人物と会っている場面を見たことがないから……なのだが。

(それを先輩に話すわけにはいかないよね。先輩が知ったらなんとなく面白がりそうだし)

「…………」

 押し黙って思案している後輩を見て梓は何を思ったのか、

「よし! こうなったら本人に直接聞いて、確かめてみよう!」

 突然そんなことを言いだし、愛の手を取って部室を後にしたのである。

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