09
――翌朝。
愛は日課を済ませ、いつも通り学校近くのコンビニの前で待ち伏せをしていた。
すぐに維伸も出てくるだろうと思い、一足先に会計を済ませて店外に出て待ち構えていたものの、予想に反して目的の人物はなかなか現れなかった。
何か買い忘れたものでもあったのだろうかと、ガラス越しに店内の様子を眺めてみると、
「……あ。さっきいたおばあさんに捕まってる」
どうやら維伸は、コピー機の扱い方が分からず困っていた老女に使い方を説明しているようだった。
(あの調子じゃ、まだまだ時間がかかりそうだなぁ……)
そう思い愛は溜息をつく。
店員に任せておけばいいのにと呆れつつも、
(でも、先生らしいや)
彼のそういう部分も含めて好きだった。
(どうしてだろう、先生のことを考えていると心が軽くなる)
辛いことも全部忘れられる気がする。そんなもの、まるで初めから存在していなかったかのように。
「今日は一段と、体まで軽く感じ――……」
そこまで言いかけ、愛は何か違和感があることに気付いた。
「……?」
けれど、その正体が分からなくて首を傾げていると、遠くから見知った人物が近付いてくるのが見えた。
「あ、愛ちゃんだ。おはよー。もしかして明治先生を待ち伏せしてる系?」
愛は陽気に語りかけてきた梓の姿をじっと見つめ、
「あああああああああっ!」
先ほどからあった違和感の正体に気付いた。
「えっ、なにっ!? いきなりなに!?」
愛はうろたえる梓に構わず、一目散に走りだした。
(やばい、やばい、やばい! わたしの鞄、あの公園に置きっぱなしだ!)
幸い貴重品の類は制服のポケットに入れてあったので、別段無くなって困るような物は、メモ帳代わりに使っている手帳ぐらいしか入っていない。
しかし、その手帳が大問題だった。
(あれが見つかったら、死ぬ……!)
自分の予定を記しているだけならともかく、愛の手帳には維伸の行動履歴がびっしりと記入されている。
彼が何時ごろに家を出て、食事は何を食べたのか、退勤後は何処に寄って何時に帰宅したのか……事細かに記録されているその手帳は、ある種において愛の努力の結晶でもあった。
鞄の中を覗かれたら、おそらく成果高校の生徒の持ち物だということはすぐに分かるだろう。親切な人の手によって学校に届けられ、もし手帳の中身を学校の関係者に見られてしまったら――……、
そこまで想像して、愛は血の気が引いた。
「よかったぁ~~」
愛の心配をよそに、鞄は今朝と同じ場所に今朝と同じ状態で置かれてあった。
体中から力が抜け、地べたに座り込む。
制服のスカートが少し土埃で汚れてしまったものの、そんなことを気にする余裕は今の愛にはなかった。
「…………」
公園の時計を見やる。
いまごろ教室では、クラスメイト達がホームルーム前の談笑をしている頃合いだろう。
(今から急げば授業の開始には間に合うけど……)
なんとなく気が乗らず、ゆっくりと登校することに決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます