06

 四限目の授業も終盤に近づいていた頃、愛と梓は一足先に昼食を採り始めていた。

「愛ちゃんのお弁当って、なんかいつも可愛いよね」

 そう言って梓が愛の弁当箱の中身を覗き込む。

 愛の弁当箱には、一口サイズに切り分けられたホットケーキが詰められており、隅っこにはウサギの形をしたリンゴがちょこんと添えられていた。

「お弁当作ってるのって、緑子先生の弟さんなんだよね? どんな仕事してる人なの?」

「看護師です」

「ふーん。男の看護師って、なんか珍しいね」

 そう言いながら梓は自分の弁当のハンバーグを頬張る。

「ねぇねぇ。緑子先生の弟さんってことは、やっぱイケメンだったりするの?」

「イケメン……」

 愛はホットケーキを頬張りながら、それを作った麦芽の顔を頭に思い浮かべた。

 顔立ちは整っている方だと思うが、イケメンというのは……何か違う気がする。

「しいて言うなら」

「言うなら?」

「お姉さんよりも美人です」

「へぇぇぇぇぇー」

 俄然興味が湧いたのか、梓は持っている箸の先をピンと愛に向けた。

「写真とかないの?」

「写真ですか?」

 一枚ぐらいならあったかもしれない。

 そう思った愛は、スマホを操作し、大量に保存されている維伸の盗撮写真の中から麦芽が写っている写真を探し始めた。

「確か、この辺にあったはずなんだけど……。あ」

 偶然上手く撮れた維伸の写真が目に留まる。

「…………」

 愛はすぐに当初の目的を見失い、画面に映る維伸の姿をぼーっと見つめだした。

「おーい。愛ちゃん?」

 スマホを凝視し微動だにしなくなった後輩を心配してか、梓は正面に座る愛に向けて手をひらひらさせる。

 それでも反応がないので、愛の頬っぺたをつんつんと突く。

「もしもーし、起きてるー?」

 そうこうしている間に、四限目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 扉の開く音と共に、授業を終えた維伸が再びこちらの部屋に戻って来る。

「二人とも仲いいね。何か面白いものでも見てるの?」

「!?」

 背後に立つ維伸の存在に気付き、愛は慌ててスマホを隠す。

「せ、せせせせ先生!? いつの間に戻ってたんですか!?」

 盗撮写真を当の本人に見られたのではと、動揺する愛だったが、

「たった今だけど?」

 どうやら維伸は気付いていない様子だったので、ホッと胸を撫でおろした。

「…………」

 そんな愛の心中を知らずに、梓は冷めた目つきで維伸を睨みつける。

「人のスマホを覗き見するなんて最低! ほんっと、デリカシーがないんだから」

「え? あ、ごめん」

「私にじゃなくて、愛ちゃんに謝ってください!」

「森長さん、ごめんね。一瞬のことだったし、よく見えなかったから安心してよ」

「え? いえ、わたしは別に……」

「本当にごめんね」

 念を押すように謝りながら、維伸は奥にある自分の席に座った。


 どことなく部室の空気が澱んでいる気がする。

 そう思い、愛はどうすればいいのだろうかと悩んでいた。

(先生は別に悪くないのに……)

 自分が過剰に驚いてしまったせいで、先輩の先生への心象が悪くなってしまった。

 どうすれば二人の仲を取り持つことができるのだろうと、愛があれこれ考えを巡らしていると、

「はぁ……」

 梓はわざとらしい溜息をこれ見よがしに吐いた。

 その声はやけに大きく感じられ、愛は反射的に梓の方を見やる。

「――あの。そんな神妙な顔して黙られると、私が虐めてるみたいで気分が悪いんですけど」

 そう言い、梓は維伸を睨みつけた。

「え? あ、いや。これが思ってた以上にキツくて……」

そう言って維伸は、食べかけの昼食が入った容器を梓に見えるように持ち上げる。

「なんですかそれ? サラダ?」

「商品名は『彩り鮮やか三種のスパイシーサラダ』って書いてあるけど、九割方パクチーしか入ってないんだ」

「うわ、マズそ。先生って、そういうのが好きな感じの人種だったんですか?」

「いや、むしろ苦手な方かな。このサラダ、この世の食べ物とは思えない味が――」

 そこまで言いかけて維伸はむせ込み、傍に置いていた牛乳パックに口を付けた。

「苦手な癖になんで買ったんですか? そんなの、よっぽどパクチーに飢えている人間しか買わないと思うんですけど?」

「なんかうっかり間違えてカゴに入れちゃったみたいで」

「うっかりって……。まったく、どんだけぼーっとしてるんだか」


(……先生、パクチー苦手だったんだ。なんか悪いことしちゃったかな)

 愛は反省しつつも、結果として二人の空気を変えるきっかけとなれたことを嬉しく思った。

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