04

(だいぶ増えてきたなー……)

 愛は自分の机に突っ伏して、スマホに保存している写真の一覧を眺めていた。

 内容は、街の風景、道端で見つけた花、店頭に並んでいる商品を記録がてら撮った写真ばかり……と思いきや、あくまでそれらを撮影しているように装っているだけで、その実、維伸を隠し撮りしているものがほとんどであった。

「…………」

 今朝撮ったばかりの写真をチェックし、そのうちの一枚を拡大して表示させる。なにぶん遠くから撮っているものな上に、あまり鮮明ではないので良く知らない人が見たら誰を撮ってるのか分かったものではない。

(ちゃんとしたカメラを買えば、遠くからでも綺麗に撮れるのかな? いくらぐらいするんだろ?)

 家に帰ったら調べよう。

 そう思いながら愛は、机の上に組んだ両腕の中に顔を沈め、まぶたを閉じた。




 さっきまで人がまばらばった教室では、徐々に生徒達が登校してきており、普段通りの賑わいをみせてきた。

「ねーねー、向こうで着る服どうする? 華美じゃない服装でって言われたけど、いまいち基準がわかんなくない?」

「どうせなら海外とかに行きたかったよなー。昔はオーストラリアとかに行ってたらしいぜ、この学校」

 生徒達の今一番の関心事は、来月に差し迫った修学旅行の話題だった。

 期待に胸を弾ませ楽しそうに談笑する生徒達。

 その内の一人の女子生徒――前田倉華まえだくらかは、グループの輪から抜け、窓際の一番後ろの席で眠る愛の元へとやってきた。

「……あの、森長さん? 私たち同じ班だよね。良かったら、連絡先交換しない?」

「あー、無駄だって。コイツ、一度寝始めるとしばらく起きないから」

 おずおずとスマホを片手に話しかける倉華に対し、愛の隣の席に座る男子生徒の降田恋ふるたれんが、制するように声をかける。

「……あ、そうなんだ。じゃあ、また後で来ようかな……」

 倉華はそう言うと少し安堵したかのような表情を浮かべ、元居た友人達の輪へと戻っていった。

「だから言ったじゃん、どうせ無視されるって」

 「眠っているだけで無視してるわけではないと思うけど」と、倉華は愛を庇うが、それが呼び水となったのか他の女子生徒達は口々に愛への不満を漏らし始めた。

「…………」

 恋がその様子を遠巻きに眺めていると、前の席に座る彼の友人が口を開いた。

「森長ってほんといつも寝てるよなー。何しに学校に来てるんだ?」

「出席日数の確保じゃねーの? それ以外にこれが教室に来る目的なんてないだろ。緑子先生の親戚らしいけど、全然似てねーよな」

「緑子先生?」

「ウチの学校の養護教諭」

「……あぁ、江崎先生のことか。あんま話したことないけど、あの先生美人だよな。学校の先生にしてはちょっと服装が派手な気がするけど……」

「それを言い出したらウチの担任なんて明治時代からタイムスリップしてきたみたいな恰好してるぞ」

「言えてる。いくら古文の教師だからって、和装で授業する必要ねーよな」

 そう言って二人は顔を見合わせて笑い合う。

「あ、明治と言えば。去年辞めた美術教師の代わりに来た先生、スゲー名前だよな」

「……あぁ、明治維伸な」

「名前自体は別におかしかないけど、苗字との相性が最悪っていうか……ほんと酷い名前だよな。親は役所に書類出す前に気付かなかったのかね?」

「気付かなかったから明治維伸なんだろ」

「だな」

 再び二人が笑っていると、

「うわ」

「どうした?」

 ぎょっとしてる友人につられ、恋は隣に意識を向ける。

 そこには凄い形相で自分達を睨んでいるクラスメイトの姿があった。

「なんか森長……めっちゃこっち見て睨んでんだけど……」

「安眠を妨害されて怒ってるんじゃね?」

「かもなぁ……。俺、自分の席に戻るわ……」


 愛は二人が維伸の話題を中断したのを見届け、もう一度机にうつ伏せになった。

 ゆっくりと瞳を閉じ、今度こそ深い眠りに落ちてゆく。

 次に愛が目を覚ました時には、教室には誰の姿もなかった。

「……?」

 時計に視線を向け、ようやく今が三限目の半ばにあたる時間なのだと気付く。

 不思議そうに愛が首を傾げていると、窓の外から威勢の良い声が聞こえてきた。

「ほらそこー、歩かない!」

 窓から外を見下ろすと、校庭を走るクラスメイト達の姿とそれを見張るように立つ体育教師の姿があった。

「……あぁ、体育の時間か」

 納得したという風に、ポンと手のひらに拳を乗せる。

「どーせ、もうすぐ昼休みだし丁度いいや」

 そう呟きながら、愛は鞄を片手に一足先に部室へと向かった。

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