真夜中のドライブ

「あのさ……さっきN君に食事に誘われたんだ、ほら、この前の続きで……気が進まないんだけど、断る用事がなくて……だから——」


「分かった、俺と出掛けよう。友達と先約があったって事で断われば良いんだよね」


「え、急だけど……大丈夫?」


「うん、だってその為に電話くれたんでしょ。美味しい物でも食べに行こう。ちょっと遅くなるかも知れないけど、後で迎えに行く」


「ありがとう」


 話が早くて超助かる。持つべきものは友だよね。

 「友」……やはり、この気安さは尊い。

 これはこれで、何にも代え難い。

 多くを望まなければ、どこまでも続けることができる関係は本当に貴重だ。

 恋情で繋がる関係よりも安らぎをくれる……一時の感情で失って良いものではない。

 

 切ない気持ちはあるけれど、得意の「自然消滅作戦」を自分の気持ちにも展開させるのが賢い道な気がする。

 

 私は美味しいラーメン店を調べながら、T君の到着を待った。



***

 


「海に行こうか」


 ライラック色の空に一番星が光る頃、T君はやってきた。

 そして、この提案である。


「へ、今から海⁈」

 

 思わず変な顔をしてしまった。

 ここは内陸。海は遙か遠く、行くには何時間もかかる。


「そう、海。天気もいいしさ、のんびり行ってどっかで休憩して、朝になったら魚市場周辺の食堂で新鮮な魚でも食べようよ」


 なんて事ないようにT君は告げる。

 確かに彼はドライブが好きで、車で寝泊まりしながら、東の地から九州まで旅行に行くような人だ。

 だから、私は「海⁉︎ 遠いよ!」って感じなのだが、彼にとってはちょっとそこまでという感覚なのかも知れない。


 それにしても、普通女子を車中泊付きのドライブに誘うだろうか? 

 いや、そうか。おそらく彼にとって私は女子枠ではないのだ。

 異性としての意識はまるで無くて、これは「ダチと海行くぜ!」的なノリで誘ってきているのだけなのだろう。

 ここで私の方が、照れたり戸惑ったりしたらかえって不自然だ。

 なので、私も友達のノリで返した。


「お、いいね。海鮮丼食べたいかも」


「じゃ、決まり。少しだけ遠出になるから、追加で必要なものとかあれば持ってきなよ。車で待ってるからさ」


 T君に促され、私は部屋に戻った。

 さて、何を持って行こうか。

 膝掛け、メイク落とし、化粧品。……下着? は要らないか。


 追加の荷物を持ってT君の車に乗り込んだ。

 急ぐ旅ではない。

 下道を使ってのんびりと海を目指す。

 途中でコンビニでおにぎりやサンドウィッチ、そして、眠くならないようにコーヒーやガムを調達して再び車を走らせた。


 星が瞬く夜。

 車内ではメロディアスなウェストコースト・ロックが流れている。

 片思いの相手と、たわいのないお喋りしながら海までドライブ……何やらとても青春っぽい。

 ヘッドライトは暗闇を照らし、道の在り方を示している。

 一方で、私の恋の行き先は……暗闇というか霧の中というか道は全く見えていない。

 勇気ひとつ。

 それがあれば叶う想いなのか、それとも下手に動けば全てが壊れるのか……怖すぎて何もできない。「友情」に甘えて。


 それにしてもT君は運転が上手い。

 うねうねした山道も実にスムーズに進んでいく。

 実は私は車酔いしやすいの方なのだが、T君の運転では気分が悪くなった事がない。


——車の運転が上手い人は床上手——


 ふと、そんな言葉を思い出す。

 彼はどんな風に女の子に触れるのだろう。

 ハンドルにかかる彼の手を、指を、チラリと盗み見ると、体の奥がくすぐったくなった。

 

 マズイマズイ……一体何考えているんだ私は。


「あ、この曲いいね」


「これ、ギターリフが超絶カッコいいんだよ。弾けたら気持ちいいだろうな」


 自分を落ち着かせるために、音楽に意識を向ける。ギターも嗜むT君は楽しそうに語りだした。

 


***



 海に到着したのは真夜中だった。

 良く晴れた空に月明かりは無く、広い海の上では数多の星が煌めいている。

 私たちは海沿いの駐車場に車を停めて朝を待つ事にした。


「トイレ行きたくなったら遠慮なく起こして。近くのコンビニまで直ぐいくから」

 

 こういうさりげない配慮は流石だよ。


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 T君と私は、シートを倒して、横になった。

 ロマンチックな星空、若い男女が車で二人、だが、色っぽい流れは全く無かった。

 ほんと、こういう所も流石だよ……。



 波の音、T君の吐息。

 

 今、手を握れば何かが変わるの? 

 ……妄想し過ぎて寝れない。


 「妄想で終わらせずに行動しなよ」心の片隅に棲むゾウは、チャンスだと囁く。

 けれど、心の中にはウサギとか、ヒヨコも居たりするんだよ。

 

 不毛な想いが胸を這いずり回っている。

 ……寝れるかなぁ。

 私はギューっと目を瞑った。

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