第5話 村人、超大型の魔物と戦う

「……ん、もう朝か」


 僕はいつも通りの時間帯に目を覚ます。


 まだ多くの人が寝ている早朝。隣の部屋からは穏やかな寝息が聞こえてくる。


「まさかこの家に誰かが泊ることになるとは」


 勇者や聖女、王都のこと、そして師匠のことを根掘り葉掘り聞いていたらいつの間にか夜になってしまったため、フローラさんをこの屋敷に泊めた。


 無防備な姿というのか、よっぽど疲れていたのか、安心しきった穏やかな表情で静かな寝息を立てている。これを起こすのは無粋だろう。


 僕は起こさないように屋敷の外に出る。


 辺境の村に住む僕のやることはそんなにない。師匠から欠かさずにやれと言われた剣の鍛錬、それと村の人達の手伝いくらいだ。


 王都みたいな街では多くの人がそれぞれ役割を持ち、毎日せわしなく働いているとフローラさんは言っていた。僕にはその感覚はよく分からない。


 人に忘れされたような辺境では穏やかにゆっくりと時間が過ぎていく。忙しいと思うことは結構稀だ。


「それを毎日とは。そりゃあ、あんな風に寝たくなるのも分かる」


 フローラさんにとって寝ているあの時間だけが、心穏やかに過ごせる時間なのだろう。


 そんなフローラさんの睡眠を邪魔してはいけない。僕はそう思い、いつもより屋敷から離れたところで鍛錬をすることにした。


 僕の鍛錬は至って簡単。師匠から教えてもらった唯一の技。【一閃】の練習だ。


「【一閃】!」


 一閃は剣を高速で振るう剣技全般を指すらしい。剣士にとっては基本中の基本の技で、これがまともに出来なければ、他の剣技は使えないと教えられた。


 師匠から直接手ほどきを受けていた時は、それはもう不出来な一閃を放っては師匠に怒られたものだ。まるで才能がないという風に。


 結局師匠は一閃しか教えてくれなかったし、村に剣を教えられるような人はいない。一番近い町に行けば剣術道場があるらしいけど、大したお金を持っていない僕を受け入れてはくれないだろう。


 なので、僕はただひたすら一人で鍛錬を続けていた。師匠が去った後も欠かすことなく。


 その成果もあって、今では一閃を軸にして我流の剣技も幾つか編み出すことができた。


『グルルル……!!』


「いつもとは離れているからかな。結構早くに来たね」


 森の中となれば魔物と遭遇することもある。僕から少し離れたところで、僕のことを威嚇しているのは狼型の魔物。黒い体毛と帯電しているのが特徴的な魔物だ。


『グルルルアア!!』


 咆哮と共に魔物がとびかかる。出会って最初のころは苦戦していたけど、今は違う。


「【一閃瞬式】」


 一閃より素早く剣を横薙ぎに振るう。次の瞬間、魔物は空中で真っ二つとなり、地面へ落下する。


 一閃瞬式。通常の一閃よりも素早く振るうことを意識した剣技だ。


「……む、これは」


 僕は魔物の死体を見てあることに気付く。全身に傷がある。まるで何か大きな魔物から逃げてきたかのような傷だ。


 この魔物は名前こそ知らないけど、どういう習性があるのかわかる。群れで行動し、狩りをするときは群れで襲い掛かる。単独での行動はめったにない。


 単独で行動するときは、その群れを壊滅に追い込むほどの強い魔物がいる証拠だ。フレイムワイバーンすら喰い殺してしまう彼らを壊滅させるほどの魔物。……少し気になる。


「様子だけ見て、やばそうなら村のみんなに報告かな」


 僕は魔物の足跡を辿り、森の奥へと進む。


 森を奥に進むと巨大な山脈地帯にぶち当たる。岩肌がむき出しになった断崖絶壁とも言える山に。


 僕はある程度奥まで進み、そしてそれを見つける。


 ここは崖の下側。見上げれば空高くまでそびえ立つ崖が見える。


 その崖の前にある開けた場所。そこに数十体の魔物の死体が転がっていた。そして崖から巨大なミミズが顔を出していた。大きさは遠目で見ても三十メートル近くはある。


「……見たこともない魔物だ。身体は崖の中にあるっていうことだよな……? どういう生態なんだ?」


 身体は崖に埋まっているのだろう。あくまで今見えるのは崖から出ているところだけだ。


 岩山にはそういう魔物が沢山いるっていうことは行商人から聞いたことがある。しかし、これは想像していないくらい大きい。


 これが村に向かうってなれば、村のみんなはなんとかなっても、村の建物とかは壊滅するだろう。あまりよろしくない状況だ。


「先ずは村のみんなに報告かな」


 僕が音を立てずその場を立ち去ろうとした時だ。


 僕の肩をぽんぽんと優しくたたく人がいた。後ろにはさっきまで寝ていたはずのフローラさんが息を荒くしながらそこにいた。


「フローラさん。寝ていたはずでは?」


「何か猛烈に嫌な予感がして起きたんですよ。アレフさんはいないし、探してみたら魔物の死体はあるし……アレフさんを見つけたと思ったら凄い魔物がいるしで。色々びっくしていますが」


 困ってるのか、それとも怒っているのか、あるいは心配しているのか。


 ともかく乱れている呼吸をそのままに、フローラさんはそういう。


「心配かけてごめんね。日課の鍛錬で。まあ、あれと遭遇するのは予想外だけど。フローラさんは口ぶりからして、あれを知っているみたいだけど……」


「あれはロックワームです。教会の授業で教えてもらいました。本来は小型ですけど、稀に超大型にまで成長する個体がいるとか」


「へえ、魔物のことを教えてくれるところがあるんだ……。魔物退治が本職じゃないよね教会の神官さんは」


「ええ。その本職ではない人にわざわざ教えるほどの危険な魔物ということです。超大型のロックワームの被害は村が数個、場合によっては街が壊滅するほどの魔物なんですから」


 フローラさんの話を聞き、あの巨躯を見て納得する。


 あれが地面を這いずるだけで尋常じゃない被害が出るだろう。神官さんに教えるのも納得の危険生物だ。


「……ちなみに聞くけど、あの様子。放置するとどうなる?」


「ロックワームは小型の時は穏便ですが、超大型にまで成長した個体は獰猛です。それこそ生物を見れば片っ端から襲い掛かることはするでしょう」


「村のみんなはここまで近付かないけど……問題は魔物があれに近付く場合か」


「ええ。もし逃げる魔物を追ってロックワームが崖から完全に飛び出したら最後。連鎖的に魔物を襲っては、人間がいるところまでやってきます。そうなれば何千、何万という人が被害に遭うでしょう」


「……なるほど大体わかった」


 幸運なのはロックワームが逃げた魔物を追わなかったこと。


 群れで襲いかかったせいで、逃げた個体を感知できずにいたのだろう。そのおかげでロックワームは崖から飛び出ていない。


 しかし、これがフレイムワイバーンとか、他の頑丈な魔物ならどうだろうか。恐らく戦いにはなるだろう。けれど、すぐに傷だらけで逃げるはず。体格が違うのだ。並の魔物では太刀打ちできない。


 そうなれば最後。ロックワームは手負いの魔物を追って崖から飛び出す。村の方に行かなくても、別の村、別の街が被害に遭うだけだ。


「よし分かった。あれはあそこで倒す」


「倒すって、え……は、はあ!? む、無茶ですよ!! あんな魔物、騎士団が総出でようやくっていうところですよ!? アレフさんが幾ら真の勇者だからといっても……!!」


「まあ、無謀だろうね。けれどここで見過ごすわけにもいかないし、時間は一刻を争う。ここは魔物が多いんだ。あれに襲いかかる魔物は一時間もすればまた現れるだろう。そうなったとき、フローラさんの言った事態が起きてしまう可能性があるんだ」


 そうならないようにするのは一つ。


 ここであのロックワームの息の根を止めること。


 師匠も同じ判断をするだろう。むしろ師匠は自ら進んであれに挑み、そして斬るはずだ。


「フローラさんは村に行ってこのことを伝えてほしい。神官さんの言葉ならみんな信じるだろう。僕は刺し違えてでもあれを殺す」


「馬鹿なことを言わないでください! 貴方は真の勇者!! こんなところで死ぬなんて……」


「真の勇者は世界の危機を救う人のことを言うんだろう? なら、あれを倒すのだって勇者の役割だ。役割から逃げることはしないさ」


「あ、ちょ、ちょっと!!」


 僕はそう言って飛び出す。ロックワームは僕の気配に気付き、僕の方へと顔を向けた。


「さあ来い。お前だけはここで必ず斬ってみせる」


 僕はそう言ってロックワームへと駆け寄るのであった。

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