第3話 村人、王都に行くことを決意する

「わああ……!! こんなにもたくさんの料理が! これは全部アレフさんが?」


「まあね。これの解体と調理なら得意だ」


 一時間ほどして、僕はフレイムワイバーンを解体し、フレイムワイバーンの肉を使った料理をフローラさんの前に出す。


 フローラさんは目をキラキラと輝かせながら机に並べられた料理を見つめる。


「いただきまーす! うん! これすごく美味しいですっ!」


「おお、すごい食べっぷり。よほどお腹空いてたのか」


 フローラさんの食べっぷりに驚きつつ、僕も食事を始める。何がともあれよく食べることはいいことだ。


「そういえばアレフさんはよく剣の鍛錬をしていると言ってましたが、今日みたいに魔物退治を?」


「そういう日だったり、あるいは素振りをしてるだけだったり、日によって様々さ。師匠曰く、ここは鍛錬にはもってこいの場所らしいからね」


「へえ。ちなみにどんな魔物を今まで倒してきたんですか?」


「うーん……水を吐く竜とか、巨大な熊とか、炎と雷を操る狼の大群とか……そういう感じかな」


「…………私が知ってる限りだと、すごい強い魔物しか相手にしていないんですね」


 そうなのかなと首を傾げる。


 確かに剣を習いたての時は苦戦した魔物たちだ。しかし師匠と鍛錬しているうちに苦戦することも少なくなってきた。


 師匠曰く「これくらい片手間で倒せるようにならんと困るの」とのことだ。


「そういえばフローラさんは師匠のことを知っているようなそぶりだったけど、師匠は今元気にしているのかい?」


「噂でしか知りませんが、王都では名を知らないほどの巨大な道場を経営しています。最近では一番弟子が【剣聖】の称号を与えられたと聞きましたね」


「剣聖……。それはすごい。ぜひ一度手合わせしてもらいたいものだ」


「いやいや、アレフさんも十分凄すぎますよ」


 教えるのが上手い人だなと思ってたけど、まさか何人も弟子を取ってるなんて……。


 それにフローラさんは僕のことを褒めてくれるが、実際僕はまだまだだ。


「僕は未熟だよ。なにせ、使える剣技は【一閃】だけなんだから」


「…………え?」


 フローラさんは信じられないといった様子で僕をみる。


 さ、流石に失望させちゃったかな。


「オウカさんは色々技を持ってたらしいんだけど、僕は未熟だからこれ一つだけを使い続けろって」


「いやいやいや……!! 【一閃】って普通はあんな風にフレイムワイバーンを真っ二つには出来ませんよ!? そんなことができるのは最上位の剣技【極光一閃】くらいなものです!!」


「そうなのか? うーん……でも僕はこれしか知らないんだ。師匠はこれしか教えてくれなかったしね」


「だとしたらもっと凄いですよ! もしかしたら剣神を超える才能があるのかも……!!」


 師匠を超える才能があると言われても、イマイチピンと来ない。


 ずっと師匠に会っていないせいか、あやふやな記憶のまま師匠を見ているせいなのかもしれない。自分を正しく把握することは剣士にとって大切な能力と言っていた。


「フローラさんは王都から来たんだよね? 師匠の道場とやらも知っているのかい?」


「え……? は、はい。知っていますよ。それがどうかしましたか?」


「師匠に今の僕を見てもらいたいなと思ったんだ。僕には判断がつかないけど、フローラさんの言う真の勇者に相応しいかどうか」


 フローラさんの言っていることはイマイチよく分からない。これが本音だ。


 勇者という存在は知らないし、聖女や神託というのもよく分からない。けれど物知りだった師匠なら何か知っているかもしれない。


「わ、私の神託を信じる気になってくれたんですか!?」


「まだそういう訳じゃないよ。でも、ここまで必死に話してくれるんだ。そして、フローラさんは王都から遠く離れたこの地までやってきた。何かの巡り合わせだと思うんだ」


 そういやフローラさんが引っ越してきた理由を聞いていなかったな。まあいいや。もしかするとその真の勇者とやらを探しにきただけかもしれないし。


「あ、でも僕はまだ自分のことをその真の勇者と名乗るつもりはないぞ。まだ僕は村人だ。これだけは勘違いしないでほしい」


「じゃあ、剣神が、もしその真の勇者として認めてくれるのなら?」


「その時は認めるさ。だからフローラさん。僕と一緒に王都まで行ってくれないか?」


「…………え?」


 僕がそういうのを予想していなかったのか、フローラさんは呆気を取られたような表情を見せる。


 まあそんな表情を見せられてもこっちは困るんだけど……。


「ついてきてくれないと困る。僕は王都への行き方が分からない。フローラさんなら知っているはずだろう?」


「い……いや~~じ、実は王都に行くことはできても私は……」


「何か不都合なことでもあるのかい?」


 言いずらそうに身体をもじもじとさせるフローラさん。


「ま、まあ確かに。真の勇者を導くのは聖女の務め。アレフさんが真の勇者と認めてくれるならやむなしですね」


「おお、なんだか凄い決心したような感じだったけど、本当に大丈夫かい?」


 結構勇気を出したような声だった。フローラさんにとって王都に行くということはそれだけ勇気を必要とすることなのだろう。


 一体どんなところなのか、不安と期待が胸を埋め尽くす。


「そういえば聖女って言ったけど、フローラさんは元神官じゃないのかい?」


「あ~~、そうですね。その、勇者も知らないようじゃ聖女も知らないなと思って話していませんでした」


「どっちも知らない……。良かったら簡単でもいいから教えてくれないかな?」


「はい。といっても簡単ですよ。世界に危機が訪れた時に世界を救うのが勇者。そして、その勇者を、神の声を聞き導くのが聖女です」


 おお、なんとも分かりやすい説明だ。


 神の声を聞く。そんなことが出来る人間がいるとは、世界とは広いものだ。


「なるほど分かりやすいね。ということは神託が神の声っていうことかい?」


「はいっ! 神託は真の聖女にしか聞こえないものです。といっても常に聞こえてくるものじゃないんですけどね。重要な場面でしか聞こえてきませんが」


「ふーん。じゃあ聞きたいんだけど、わざわざ真のってつけるのはなんでだい? まるで勇者を騙っている人がいるみたいじゃないか」


「あ、えーとそれはですね……」


 またも気まずそうにフローラさんは目を逸らす。


 ずっと気になっていた。勇者はいいとして、わざわざ真のって付けるのはなぜだろうって。


「まあ色々ありまして。勇者っていう定義もあいまいで難しいと言いますか、王都にはもう一人勇者がいまして……」


「うん? じゃあその人が世界を救うじゃ駄目なのかい?」


「いや~~どうでしょう。難しいんじゃないんですかね……。あの人に比べたら、アレフさんの方が百億倍勇者っぽいですし」


 この言い方だとフローラさんは勇者のことを知っているみたいだ。


 どんな人なのか少しだけ気になるけど……フローラさんが話すの嫌そうだし、これ以上聞くのはやめておこう。


「僕には詳しい事情は分からないけど、勇者がもう一人いるっていうことは覚えておくよ」


「まあそれくらいに留めた方がいいですよ。本当に」


「あはは。なんだか事情があるみたいだね。しかし、王都か……。師匠元気にしているのかな?」


 僕は行ったことも、見たこともない王都という遠い町に思いをはせる。


 勇者や師匠、そして師匠の一番弟子という剣聖。王都はどんなところなんだろう。


 そう思うと不安よりも期待の方が勝った気がした。

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