第2話 村人、勇者について聞く
「あ……は、はいっ! よろしくお願いします! と、突然なんですが、貴方は自分が勇者だと聞いたことありますか!?」
初対面の女の子から変なことを聞かれた。
ゆ、勇者……? それがなんなのか分からないし、僕がそうなのか聞いたこともない。
けど、女の子……フローラさんの態度からして結構勇気を出して聞いたのだろう。
頬は僅かに赤くなってるし、胸の前で手を強く握りしめている。その手も僅かに震えていた。
でも分からないものは分からない。
「…………はて? 勇者ってなんだい?」
先ずは勇者というものを知ろうと思う。
僕は長らくこの辺境で暮らしてきた。名前もつけられないような辺境の地。同年代はおらず、みんな僕よりもずっと年上の人たち。
そんな環境で暮らしていれば分からないことの方が多い。
彼女の姿も、手に持っている長い杖も、僕にとっては全て初めてみるものだ。
「え!? え、えーと勇者というのはですね。聖剣に選ばれた……は違うのか。なんていうか、神様に選ばれた人なんですよ! 世界の危機を救うべく!」
分からない単語が増えたのは置いといて、世界の危機を救うために神様に選ばれた?
「じゃあそれは僕のことじゃないだろう。僕はただの村人さ。辺境のね」
「あ、いや……で、でも神託では貴方が真の勇者だと!!」
必死な様子でそう伝えてくれるけど、僕には実感が湧かない。
なにせ、僕は辺境の村人。外のことなんて全然知らないし、辺境で剣の訓練をしつつ、生活するのがやっとな人間だ。
勇者という世界の危機を救うのが仕事の人なら、もっと相応しい立場の人がいるだろう。
「じゃあ僕はこれで。家に帰ってやることがあるんだ」
「え……? いやいや待ってくださいっ! せ、せめて少しだけお話を!!」
フローラさんは僕に何かを訴えるような眼差しで僕の袖をつかむ。
フローラさんがなんのためにこんな辺境にやってきたのか分からない。けど、ここまで必死に僕を引き留めようとするんだ。
やはり何か理由があるのだろう。
「うん、いいよ。僕の家で聞くことになるけど、それでいいかな?」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
フローラさんはぱあと笑顔を見せる。見たこともない美少女の表情に、僕はつい心臓が熱くなるのを感じてしまう。
「うん、じゃあ行こうか」
「はいっ! ……ってええ!? フレイムワイバーンの死体をひ、一人で持ち上げて……!!」
僕はいつもと同じ感じでフレイムワイバーンの死体を持ち上げる。
それを担いで家に向かう姿に、フローラさんはしばらくの間あんぐり開けて呆然としていたが、すぐに顔を横に振って立ち直り、僕の背後を走ってついて来た。
僕の住む家は村から少し離れたところにあるボロい屋敷だ。
フレイムワイバーンの死体がどれだけ重くとも、鍛錬していればすぐに着くことができる。
「い、意外と大きい……。ここに一人で住んでいるのですか?」
「うん。昔貴族が住んでた屋敷らしいんだ。一人だと持て余すことが多いけどね」
フレイムワイバーンを屋敷の正面に置き、僕はフローラさんを連れて屋敷の中へと入る。
「飲み物を出すよ。馬車とはいえ長旅と聞く。疲れただろう?」
「あ、いえ、そんな押し入ったようなものなのに……。そこまで気を遣わなくても」
「気にしていないからいいよ。むしろ初めての客人なんだ。少しくらいもてなしさせてくれ」
僕はそう言って普段から飲んでいるお茶を用意する。深い緑が特徴的なお茶だ。
僕はそれをフローラさんの前に出す。すると驚いたような表情を浮かべる。
「……緑のお茶。極東茶でしょうか?」
「極東……? ああ、師匠がそんなことを言ってた気がする。この辺で栽培しているんだ。これは。行商人さん曰く、お茶とはもっと違うものらしいけど」
「かなり珍しいですよこれっ! かなり高価なものですっ! 栽培方法も難しくて、なかなか手に入らないものですよ!」
フローラさんは初めて飲むのか、僅かに興奮したかのように早口で僕へそう語りかける。
僕や村の人にとっては珍しいものじゃないけど、外の人にとっては珍しいものなんだなと思う。
お茶を飲んで緊張をほぐした後、フローラさんは咳払いをした後、話を切り出す。
「先ほどは急に変なことを聞いてすみませんでした。まずは名乗らせてください。私はフローラ。王都から来た元神官です」
「王都……。馬車で数週間もかかるようなところからよく来たね。僕はアレフ。ここで住んでいる普通の村人だ」
辺境に住んでいても王都という名前を何度か聞いたことがある。
馬車で数週間もかかる遠い地にある街。多くの人が暮らし、営みを送るところだそうだ。
「普通……? いやいやフレイムワイバーンを一人で倒せる人なんていませんよ!?」
普通というワードに引っかかったのか、フローラさんは訝しんだ後にそう口にしてくる。
「この辺の人なら一人とは言わずとも、複数人がかりなら何とかできる人が多いよ。よく山から降りてくるからね。それに僕はまだまだだ。師匠ならもっと早くあれを倒せるだろうし」
「どんなところですかここは……。そんなところが王国にあるなんて聞いたことありませんよ」
「あはは。何せ辺境すぎるからね。外から来る人もいなければ、外に出ていく人もいないのがここだから」
一番近くの大きい街でも、馬車で数日はかかる。
こんなところまで来たって何もないし、来る意味なんてそもそもないだろう。
「王都なら英雄級の活躍ですよ! それに剣士の基本技でフレイムワイバーンを倒す人なんて初めて見ましたし」
「ん? 王都では普通じゃないのかい? 師匠は少なくともこれくらい出来なければ困るって言ってたよ」
「王都にそんな人は一握りしかいません!! そもそも誰ですか、その師匠って……?」
「オウカさん。そういえばあの人も勇者がどうのこうのとか言ってたな……」
僕が幼少期の頃、剣を教えてくれた人がいる。
その人の名前はオウカさん。流浪の旅をしており、王都で道場を開いているらしい。
その人も元は勇者と一緒に旅をしたとかなんとか……。
「オウカ……もしかして【剣神】オウカですか!?
「そう……なのかな? よく分からないけど、すごい剣技の人っていうのは覚えているよ。僕はそれに比べたらまだまだだ」
「いやいやいや比較対象がおかしいですよ! 王国最強の剣士と比べてるなんて……!」
へえ、王国最強なんだ。あの人、自分ではそんなことこれっぽっちも話していなかったけど。
「で、ですがかの剣神に師事されていたというなら、貴方が真の勇者という神託も納得が行きます!!」
「いやいや、さっきも言ったが僕はそんな大したものじゃないぞ。本当に」
そもそも勇者というのもよく知らないんだ。
いきなりそんなことを言われたって困るだけだ。
「ほ、本当なんですよっ! 神託は絶対外れることはありません!! それに……」
ぐぅぅぅぅぅと大きな音が鳴る。
それが自分の腹の音だと気がついたフローラさんは徐々に顔を赤く染めていく。
長い間馬車に乗ってて、食べられるのは簡易的な保存食くらいだろう。そりゃあお腹も減るものだ。
「僕としたことが客人をもてなすことを忘れていたみたいだね。少し時間をくれるかい? 何か食べたいだろう?」
「…………は、はい。よろしくお願いします」
「うん。作ってくるよ」
恥ずかしそうに俯くフローラさんを見つつ、僕はフレイムワイバーンの死体のところへ向かうのであった。
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