第54話 悲しい決着

(……ステラ、今確かに殺してくれってこえたよな?)

 あまりの衝撃しょうげきにレオナルドは目を見開き、呆然ぼうぜんとしてしまう。そして自分の聞き間違いではないことをステラに確認した。

『……はい』

(だよな!やっぱりあのブラックワイバーン、意思疎通いしそつうができるんだよ!)

 ステラが同意してくれたことで、レオナルドの心に嬉しさが込み上げてきてテンションが上がる。魔物だなんてことは関係ない。言葉が通じるということは、きっとステラが言っていた竜と似た存在なのだ。元々が人間―――、声質こえしつから男性だという可能性かのうせいが高いことについては複雑ふくざつな気持ちになるが……。

 一つだけ確かなのは、このブラックワイバーンは殺し合いをするような相手ではないということだ。

よりもレオ、早く距離きょりめなければ。今はまだ戦闘中ですよ』

 テンションを高くするレオナルドに対し、ステラは冷静な、もっといえば冷たく感じるほど平坦へいたんな声で注意した。

(そんなことって何だよ?でもこっちの声を届けるためにも近づく必要はあるか)

『…………』

 レオナルドとステラはそんなやり取りをして、ブラックワイバーンに自分から急接近きゅうせっきんした。

 そのかん、どういう訳か、ブラックワイバーンは攻撃を仕掛しかけてこなかったが、レオナルドが近くに来ると攻撃を再開した。

「うおっ!?」

 レオナルドはブラックワイバーンの攻撃を咄嗟とっさける。

「待ってくれ!なあ!殺してくれってどういうことだ!?あんたの声はちゃんと聴こえてるんだ!まずは戦いをめて話し合わないか!?」

 そして、声を張り上げ、ブラックワイバーンに語りかけた。

『コロシテクレ!』

 ブラックワイバーンの念話ねんわとしか言いようがない声がレオナルドの頭に響く。だが、言葉は先ほどと同じだ。

『レオ。戦闘中だと言ったはずです。攻撃を』

(攻撃なんてできる訳ないだろう!?)

 レオナルドはステラの言葉に言い返すと、

「だからなんで殺してくれなんて言うんだよ!?攻撃を止めてくれ!俺はあんたと戦いたくない!」

 ブラックワイバーンの攻撃を避けながら語りかけ続ける。

『レオ!いい加減にしなさい!ブラックワイバーンを倒すのです!こんなところで殺されたいのですか!?』

 自分から攻撃をしないレオナルドに、ステラが強い口調くちょう叱咤しったする。

(っ、そんな訳ないだろ!けど、このブラックワイバーンは話し合うことができるんだぞ!?)

 レオナルドも苛立いらだちをぶつけるように、負けずおとらずの強い口調で言い返す。レオナルドにはステラがブラックワイバーンを倒させようとすることが腹立たしかった。


「グルゥアアアッッッーーー!!!」

 ことごとく攻撃を避けながらちょろちょろと自分の周りを飛び回るレオナルドが目障めざわりなのか、ブラックワイバーンは怒りの咆哮ほうこうを上げると、翼を強くはためかせ、レオナルドに向けて魔力を乗せた強力な乱気流らんきりゅうを発生させた。

『コロシテクレ!』

 それと同時に、レオナルドにブラックワイバーンからの念話が届く。

「うわっ!?」

 乱気流によって風の精霊術が阻害そがいされ、レオナルドは墜落ついらくするように高度を下げたが、

「くっ!」

 何とか途中でとどまり、上空のブラックワイバーンに目をやる。するとブラックワイバーンもまた、レオナルドのことを見下ろしていた。

『……レオ、このブラックワイバーンと会話はできません。この者に意思いしはない』

(何を!?殺してくれってずっとうったえてるじゃないか!)


『ええ。ずっと同じことをり返しているだけでしょう?…この声はただの残留思念ざんりゅうしねんです。一番強く心に残っているおもいを延々えんえんはっしているに過ぎないのです。殺してくれ、というのは、ブラックワイバーンになった者の最期さいごの願いなのでしょう』

(っ!?なん、だよ…それ……?)

 残留思念?しかもその最期の願いが殺してくれ?

 レオナルドはすぐには理解が追いつかなかった。

『元々が人間であったことは間違いないでしょう。ブラックワイバーンに変質へんしつした直後は意思もあったのかもしれません。ですが、今はもう違う。レオをおそってきた倒すべきてきでしかない』

(いや、でも……!)

 レオナルドは反射はんしゃ的に言葉を発するが、途中でまってしまう。ステラの言葉を否定しきれなかったのだ。そもそも元々人間だったとして、どこの誰かもわからない相手だ。それなのに、何とも言えない悲しみが後から後からいてきていた。


『……これは確証かくしょうがある訳ではありません。ですが、最初からこのブラックワイバーンは全力を発揮はっきしていません。いえ、できていない、と言うべきでしょうか。自分から襲ってきたというのにです。おそらく、レオを殺そうとする魔物としての本能ほんのうと殺してほしいという最期の願いが反発はんぱつし合っているのでしょう。そして、レオを襲ってきたのもレオなら自分を倒せる、と感じ取ったからだと私は思います』

 ブラックワイバーンの魔力量、そしてこれまでの、殺意の高さに反して、追撃ついげきできるところでしてこないブラックワイバーンのちぐはぐな動きをステラなりに分析ぶんせきした結果だった。

(そんなこと、って……?)

 殺してほしくて襲ってきた、というのか。それが願いだと。そのやるせなさに、レオナルドの心が苦しくなる。だが、ステラの分析結果を聞いて納得もした。

 確かに、先ほども今も、そして尾の攻撃でレオナルドを岩山にたたき落した後も、ブラックワイバーンは攻撃をくわえようとはせず、ただそこにとどまっているだけだった。それなのに、決してレオナルドから目を離さず、逃がそうとはしないし、致死性ちしせいの攻撃もしてくる。ずっと行動がみょうだったのだ。


『その最期の願いも近い将来しょうらい消えてしまうと思います。そうなったら本当にただの魔物と変わりありません。レオ。私達にはこの者を元に戻してやることはできません。できることはないのです。まだ残留思念が残っているうちに願いをかなえてあげませんか?……それとも、同情どうじょうしてレオが殺されてやるのですか?』

 ステラの予測が正しければ、ゲームで主人公達がブラックワイバーンと戦うときにはすでにただの魔物となっていた可能性が高いということだ。

(俺は……)

 レオナルドは顔をゆがませる。殺されてやることはできない。では自分に何ができるのか。そんなことは考えなくてもわかる。ステラの言う通り、してやれることなんて何もないのだ。たった一つのことをのぞいて……。

 ならば、後は自分がやると決めるだけ。

 上空では、ブラックワイバーンが何もしようとせず、ずっと同じ場所に留まってレオナルドを見ている。

 レオナルドには、それがまるで自分の決意が固まるのを待っているように見えた。


(……ステラ)

『はい』

(行こう)

『はい』

 レオナルドは決意を固めた表情で、再び上昇し、ブラックワイバーンと対峙たいじした。

 すると、

『コロシテクレ!』

 再びブラックワイバーンから念話が届く。

「ああ。わかってる」

 レオナルドがつぶやいたのと同時に、ブラックワイバーンはえてなのか、ここでの必要なブレスを放とうとしてきた。レオナルドにはそれが今のうちだ、と言われているような気がして、自分でも理由がよくわからない涙が出てくる。だが、このすきを絶対にのがしてはならない。


「アアアアァァァーーーーッッッ!!!!!」

 レオナルドはきのかまえを取ると、ぐちゃぐちゃの感情そのままに雄叫おたけびを上げながら、ブラックワイバーン目掛めがけて突進とっしんした。


 今レオナルドが戦闘でまともに使える精霊術は飛行、つまり風の精霊術だけだ。

 だから、レオナルドは先ほどブレスを避けたときと同じ全速力の飛行を行うことにした。それだけじゃない。その上で、自身のすぐ後ろに猛烈もうれつな風を発生させることで、急加速きゅうかそくも実現させる。身体への負荷ふか一切いっさい考えない荒業あらわざだった。

 するとどうなるか。

 レオナルドの速度が音速をえた。

『っ、また無茶なことを!』

 ステラはレオナルドがしようとしたことを瞬時しゅんじさっし、身体への負担ふたんを最小限にするため、レオナルドの霊力を使って術を行使こうしする。今後、もっと安全なやり方を絶対に学ばせてやると思いながら。


 これまでの戦いがうそのように一瞬の出来事できごとだった。


 音を置き去りにしたレオナルドは、その勢いのままブラックワイバーンのひたいに白刀を突きし、そこにありったけの霊力を流し込んでブラックワイバーンの頭部を内側から破壊はかいしたのだ。


 頭をやられ、絶命ぜつめいしたブラックワイバーンがそれまでにまっていたエネルギーを上空に向かって放出しながら、地上へとちていく。

 その姿をレオナルドは悲しみをたたえた目で見つめ続けた。


 ―――――あとがき――――――

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