第41話 先生

 夜の特訓を始めてから三週間が過ぎた頃、レオナルドはついに安定して白刀化ができるようになった。体を動かしながら白刀化を維持いじすることに手こずっていたレオナルドだが、ようやくステラから合格をもらえたのだ。

 ちなみにこの頃には、レオナルドの言い方にステラが合わせる形で、彼らは、漆黒しっこくの刀を『黒刀』、霊力を流し純白の刀へと変化させることを『白刀化』と呼ぶようになっていた。


 白刀化ができるようになったレオナルドは次に身体強化の特訓に入った。


 黒刀という一つの目標にただ霊力を流せばよかったときとは違い、今回は体内にある霊力を、普通ならありえないほどの肉体に強化するという明確な意思を持って肉体に作用させなければならない。以前ステラは、身体強化のことを霊力で体の内側に鎧をまとう感じ、と言っていたが、どうやらこれは精霊術の初歩なのだそうだ。世界への事象じしょう改変かいへんではなく、自身への事象改変ということらしい。


 アレンを始めとした騎士達はもちろん、冒険者、セレナリーゼをさらったぞく達ですら使える身体強化魔法『エンハンスフィジカル』は魔法名をとなえるだけでこれを自動でやっている、ということだ。

 だが、自動であるが故に、強化できる程度が決まっている。

 レオナルドの場合は、その上限がない。極論、自身の肉体が壊れてしまうほどの身体強化でも、同時に肉体を保護することによって、どこまでも強化が可能なのだ。こうしたところもステラが魔法よりすぐれていると言う理由だろう。


 白刀化の特訓で、体内の霊力を大分感じることができるようになったレオナルドは霊力の操作そうさについてはある程度れてきていた。霊力による鎧というのを強くイメージしながら身体強化をこころみるレオナルドだが、霊力を制御せいぎょするのは非常に困難だった。これからまた試行しこう錯誤さくごの日々が続くのだろう。


 そんなある日のこと。

 レオナルドはいつものようにアレンとの鍛錬たんれんを行い、その近くではセレナリーゼが魔法の鍛錬を行っていた。


 そうした中、レオナルドとアレンの二回戦が終わり、一時休憩きゅうけいになったときに、ステラが唐突とうとつにレオナルドへ確認するようにいてきた。

『……あの人間、セレナリーゼと言いましたか。彼女のことがあなたは大切なんですよね?』

(え?ああ、そうだけど?)

 レオナルドはステラから人間セレナリーゼの話を振られたことを疑問に思いながらも素直すなおに答えた。

『どんな理由であれ、死んでほしくないんですよね?』

 セレナリーゼのルートでは、彼女が原因不明の不治ふじやまいおかされ、最後は道なかばで死んでしまうことをステラには話している。だが、他のルートではそんな描写びょうしゃはない。だからゲームにおいては自分のように死ぬことが確実、という訳ではないはずだということも。ただゲームにはないはずの事件がこの世界では起きている訳で、それをレオナルドは不安に思っているということも吐露とろしている。

(もちろんだ)

『……わかりました。でしたら一つ確認します。彼女はいつもいつも闇雲やみくもにずっと魔法を使い続けていますが、あれにはいったい何の意味があるのですか?』

 ステラはこれまでずっと無視してきたことをレオナルドにたずねた。魔力というものに強い嫌悪けんお感をもつステラは、この屋敷の中で頭一つ抜けた量の魔力を保有しているセレナリーゼのことが正直気に入らなかった。だがレオナルドはそんなセレナリーゼを大切に想っている。ステラとしては、どうしたものかと決めかねていたのだが、毎日毎日同じことを続けるセレナリーゼにイライラする自分がいた。そして今、いい加減我慢がまんの限界がきたのか、レオナルドの気持ちを優先しようと思ったのか、それは自分でもわかっていないが、こうしてセレナリーゼについて言及げんきゅうしたのだ。ただ、やはり人間嫌いだからか、その言葉には少しとげが含まれていたが。

(身につけたばかりの魔法はああして反復練習できたえるものなんだけど?)

 ステラの言葉にますます疑問が大きくなるレオナルドだが、セレナリーゼが魔法を放つ姿を視界に収めながら、この世界の常識を伝えた。

『無意味ですね』

 レオナルドの答えに対し、ステラは断言する。

(無意味?)

『ええ。あなたの場合と同じです。霊力を十全に扱うには操作方法を学び、制御できるようにする。そして、その精度を上げなければならない。そうした部分を鍛えなければ意味がないのです。だからあなたは毎日その特訓をしている。ですが、あれではただ魔力を消費しているだけでしょう。魔力の操作、制御、どちらの精度も上がりません』

 魔法のことは正直レオナルドにはよくわからない。ただそれは魔法を知らなかったステラも同じだと思うのだが、魔法と似て非なるものである精霊術に精通しているからか、実際にることで理解が深まっているようだ。

(マジか……。ちなみに魔力操作や魔力制御を鍛えると魔法にはどんな影響があるんだ?)

 この世界において魔法とは、どれだけ強力なものを習得できるか、その一点が重要だ。反復練習も次の魔法を覚えるのに必要だと考えられていた。魔力操作や魔力制御という概念がいねんはなかったのだ。だからステラから霊力には操作や制御が必要と言われたとき、それは霊力、つまり精霊術特有のものだとレオナルドは思っていた。

『同じ魔法でも威力いりょくが段違いになるでしょうね』

(そうなの!?……どうやったら鍛えられるか教えてもらえたりする?)

 同じ魔法の威力は多少の個人差はあれど一定というのがこの世界の常識だ。この世界にレベルの概念がないとはいえ、ゲームを知っているが故に、魔物を倒したりしていけば、威力が上がっていくというのなら理解できるが、魔法の威力が練習だけで上がるというのは驚きだった。だが、本当にセレナリーゼの魔法が強くなるのなら、いざという時、自分の身を自分で守れる可能性が高まるため、レオナルドとしてはぜひ教えてほしくて、おそる恐る尋ねた。

『……彼女の場合、威力はそのままに、指先から小さいものを放つ練習でもすればいいのではないですか?あなたと違って魔法が使えている以上、つたないながらも一応は操作も制御もできている訳ですからね』

 ステラはっ気ない感じで答える。

(んぐぅ……わかった。ありがとう、ステラ

 まだ精霊術はもちろん、身体強化もままならない自分に対して、チクチクと嫌味を混ぜてくるステラに、レオナルドは若干じゃっかん傷つきながらもお礼を言った。ステラが人間をよく思っていないことを知っているレオナルドとしては、ステラが人間の利になることを教えてくれたことが素直に嬉しかったのだ。

『………何ですか、その呼び方は……』

 ステラのその言葉は小さすぎてレオナルドには届かなかった。

 早速セレナリーゼに伝えてあげようとレオナルドは行動に移した。話しかけても大丈夫そうなタイミングを見計みはからって声をかける。

「あ~、と、セレナ?」

「はい。何ですか?レオ兄さま」

 突然声をかけられたにもかかわらず、セレナリーゼは嬉しそうに顔をほころばせる。

「練習お疲れさま。一つ訊きたいことがあってさ、そのウォーターボールって、威力は今のままで指先から小さいのを出すことってできたりする?」

「威力は同じで、指先から小さいのを、ですか?」

 レオナルドの質問が意外だったのか、セレナリーゼはレオナルドの言葉を繰り返しながら小首をかしげる。

「うん。同じ魔法でも色んな大きさでできたら幅が広がるかなぁって。見てて思っただけなんだけど……」

 ステラの言葉をそのまま伝えては、なぜレオナルドがそんなことを知っているのか、ということになるため、ひどく曖昧あいまいな言い方になってしまった。

(自分で言っててなんだけど、魔法が使えないやつの思いつきで言うことなんて受け入れる訳ないよなぁ)

『それならそれで別に構わないでしょう。元々この人間の魔法の実力を上げてやる義理もありませんし。私としてはあまりに非効率なことをしているのが鬱陶うっとうしかっただけですから』

 ステラの辛辣しんらつな物言いに、レオナルドは実際にため息が出そうになるのをなんとかこらえる。

 レオナルドとステラがそんなやり取りをしているなんて知るよしもなく、

「わかりました。やってみます!」

 セレナリーゼは元気よくそう宣言すると、早速右手の人差し指を伸ばし、ウォーターボールと唱える。だが、出てきたのは手のひらで放っていたときと同じ大きさのものだった。

「むぅ……小さいものを出そうと思ったのですが……。これはすごく難しいですね」

 可愛らしくうなりながらセレナリーゼは悩ましそうな表情を浮かべる。

「そっか。ごめん、急に変なことを言って」

 セレナリーゼが強くなれるのならと思って安直に提案してしまったレオナルドだが、根拠を示せてもいないので、セレナリーゼに無理してやらせようとは思えなかった。そもそもゲーム通りに成長すれば、少なくとも主人公達と一緒に戦えるくらいには強くなるだろうから。

「いえ!できるように頑張ります!」

 だが、セレナリーゼは気合の入った表情で、両手を胸の前で拳にした。

「そ、そう?」

「はい!」

 セレナリーゼは笑顔で元気よく返事をする。

 レオナルドはセレナリーゼが魔法を使えるようになったことをすごく喜んでくれた。こうしてレオナルドと同じ場所で魔法の鍛錬をするようになったことに、レオナルドに見てほしいという思いがあったことは否定できない。

 だから、レオナルドが見ていてくれた、それがセレナリーゼにとっては嬉しかったのだ。そして自分のために鍛錬の手法についても考えてくれた。現実的な効果があるかどうかではない。セレナリーゼはレオナルドの言ったことを実現したかった。


 こうしてセレナリーゼはこの世界の常識とは違い、ただ強力な魔法を習得するだけではなく、本人の気づかないうちに、徐々に魔力の操作、制御技術を向上させていくことになる。


 ―――――あとがき――――――

 お読みくださりありがとうございました!もう少しで第一章が終わります。

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