第42話 最初の精霊術

 ステラから身体強化の合格がもらえるまで二か月の時間を要した。霊力によって身体を強化する、そのこと自体にも苦労したが、その後、全身のバランスを保つことの方が余程苦労した。闇雲に強化して力に偏りが生まれれば全体のバランスを崩してしまう。そうなれば強化の意味がないどころか逆に動きが鈍くなるのは当然のことだった。そこで、何もしていない自然体の状態を基本とし、身体強化後、そのバランスに乱れがあればステラが指摘する、というのを繰り返し、適切なバランスを文字通りレオナルドの身体に覚えさせたのだ。


 それと、身体強化を習得する上で、一つ判明した事実がある。それは、室内で特訓していたからこそわかったこと。身体強化をしたレオナルドはふと何の気なしに鏡を見て呆然としてしまった。

「え……?何これ……?」

 鏡に映る自分の髪や眉などの毛が真っ白に変化していたのだ。レオナルドは思わずといった様子で鏡に近づいていき、まじまじと自分の顔を見る。この世界では髪色を染めるというのは一般的ではないからか、金髪から白髪になっただけで、今まで見ていた自分の顔とはまるで別人のように見えるから不思議だ。その後、身体強化を解くと元の金髪に戻った。

「ステラ、なんでこんな変化が起こったかわかる?」

『恐らくですが、白刀化と同じ現象でしょう。霊力に反応して起きたのだと思われます』

「そうなんだ……。問題は…ない、のかな?」

『身体強化を解けば戻ったのですから問題ないと思いますが』

「そっか。そうだよな……」

 結局、何か問題がある訳でもなさそうなため、事実は事実として、以降レオナルドは特に気にしないことにした。


 毎日が充実していると月日が経つのを早く感じるというが、今のレオナルドはまさにそんな感じだ。特訓での苦労も充実感の方が勝っていて、ここまで本当にあっという間だった。

 そんな中で唯一不満というか残念に思うことがあるとすれば、折角身につけた白刀化と身体強化をきちんと試せていないことだろうか。

 室内でできたのは、拾ってきた手頃な石を上に放り投げて目標にし、白刀で斬ったり、身体強化して殴ったりするくらいだった。

 しかも、白刀で斬ったときは何の抵抗もなく、すっぱりと石を真っ二つにすることができてよかったのだが、殴ったときは石が粉々になってしまって、夜中に一人で掃除をするのが大変だった。殴る前に気づけという話なのだが、それだけ試したい気持ちが強かったということだ。

 どちらのときも凄まじい威力を体感することはできたが、所詮は手のひらサイズの石相手だ。消化不良な感じは否めなかった。


 そうして次はいよいよ精霊術の特訓、というところでレオナルドは一度ステラと話し合った。

『簡単なものから入ってもいいのですが、それよりもまずは一つ、具体的にどんな精霊術が使えるようになりたいか決めてください。その方が習得が早いでしょうから』

「俺が決めていいの?」

『それはそうでしょう。あなたが使うんです。それにあなたが望むものである方が完成形を想像しやすいでしょうし、精霊術に必要な意思がより明確になります』

「なるほど……」

 精霊術は外部への事象改変。ステラ曰く、汎用性が高く、全力なら天変地異すら起こせるものだ。そんな中で、自分が何を使えるようになりたいか、レオナルドは頭を悩ませる。

 火や氷を出せるようになるのもいいし、室内では無理かもしれないが雷を出してみたいなんて思いもある。あるいは前世の世界の創作物によくあったように、実体のない光の玉を遠隔操作して攻撃する、なんてことも――――。


 あれこれと考えるレオナルドにステラは、

『今のあなたがしたいこと、それに役立つものにしたらいいのではないですか?』

 そう助言した。

「今の俺がしたいこと……」

 そこでレオナルドが考えたのは、もうずっとしていない森での実戦のことだった。魔物といえど、生物を殺すことに未だ抵抗がない訳ではないが、この世界において魔物は人間にとっての脅威だ。前世の記憶が殺生に対する忌避感を強くする部分はあるが、レオナルド自身、魔物は倒すべき存在であることをきちんと理解している。それに正直なところ、白刀化、身体強化ができる今、これまでとどれほど違うのか試してみたい気持ちが強くなっていた。


 だが、アレンと一緒に行く訳にはいかない。

 そうすると必然、レオナルドだけで行動したいのだが、自分一人で堂々と屋敷を出て森に行くなんて誰も許してはくれないだろう。


『それならば、誰にも見つからずにここから出られるよう、空を飛べるようにでもなりますか?』

「え?……ああ、そうか」

 レオナルドが考えているところにステラからそんな提案があった。どうやらレオナルドが考えていたことはすべてステラに伝わっていたようだ。それをレオナルド自身すぐに理解した。

「飛べるように、か……」

 ステラに言われて、自分が空を飛べるようになった姿を想像するレオナルド。確かに自由度は格段に上がる。皆に内緒で屋敷を抜け出すことに後ろめたさは感じるが、精霊や霊力のことなどすべてを説明できないし、今後のことを考えると、どこへでも向かえる移動手段を手に入れるというのは非常に魅力的だった。


 心の天秤が飛行の精霊術を習得することに傾いていく。だが、そこで一つ、本当に些細なことが気になった。

「できれば飛べるようになりたい。たださ、一つ問題、っていうほどでもないんだけど、俺達だけで魔物を倒しにいったとして、魔核なんかはやっぱり持って帰りたいんだ。今後のことを考えるとお金もあるだけあった方がいいから。でもさ、冒険者ギルドには何度もアレンと行ってるからもう俺の顔とたぶん身分なんかもバレてると思うんだ。そうするとなんで一人で来てるんだってことになって、そこから俺が一人で行動してるって父上達にバレたりしないかなぁ?」

 自分でも、なんて細かいことを気にしてるんだ、とでも思っているのかレオナルドは申し訳なさそうにステラに相談する。ただ実際、貴族の情報網はすごい。そうでなければ貴族の世界ではやっていけないからだ。どこからどう情報を得ているかわかったものではない。

『……ならば変装でもすればいいのでは?身体強化で白髪になるだけで別人みたいだと自分で言っていたではありませんか』

「うっ……、そうだね、変装はいい考えだと思う。だけど身体強化するところをもし見られたら即バレする訳で……」

 ステラの言い方から呆れのようなものを感じてレオナルドはたじろぐが、それでもなお、気になることを言った。慎重すぎるくらい慎重というか、肝が小さいというか……。

『はぁ……。ならば私が好きな色に変化させますよ。それならいいのでしょう?』

 ステラは呆れを隠さず、しかし、しっかりと代案を提示した。

「っ、そんなことできるの!?」

 ステラのため息にレオナルドは肩をビクッとさせるが、続く言葉へすぐに反応した。

『あなたの霊力を使えばそれくらいの改変容易たやすいことです』

「ありがとう、ステラ!」

『…………で、では、何色がいいのですか?』

 どういう訳かステラが少し動揺しているように感じなくもない。レオナルドは小さく首を傾げるが、今は何色がいいかを考えなければと思案する。

「そうだな……。あ、じゃあさ、俺はこれからゲーム通りに進まないようシナリオを潰していくことになる訳だし、にしようかな」

『真逆の色?』

「うん。ゲームの俺は悪役令息。だからその真逆で主人公の髪色はどうかなって。この国では主人公の髪色は珍しいんだ。ゲームでも他に見かけたことがないって言われてた。それだけ目立つ色なら逆に絶対に俺だとはバレないと思わないか?」

『まあ、そうでしょうね。で?その色というのは?』

「黒髪。この屋敷にもいないだろ?どうかな?」

『……問題ありません。では、出かけるときは黒髪に変装するということで、最初に習得するのは飛行の精霊術でよろしいですか?』

「ああ。それでお願いします!よろしくステラ!」


 こうしてレオナルドが特訓する最初の精霊術は飛行の精霊術に決まった。

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