第22話 目覚め

「……ぅ……ぁ………」

 レオナルドはゆっくりと目をひらいた。

 いつもの見れた天井。室内はっすらと明るくなっている。

 そこでふと自分の右腕が慣れない感触かんしょくつつまれていることに気づいた。

 おもむろにそちらに顔を向けたレオナルドはセレナリーゼの頭が横にありピシッと固まってしまう。

(っ!?な、な、なんで?え?どうしてセレナがとなりで寝てるんだ!?)

 わけがわからないレオナルドはパニックになり身動きができない。

(とりあえず落ち着け!落ち着くんだ俺!)

 レオナルドは深呼吸をり返し、何とか少しだけ冷静になれた、気がした。ただ、心臓はまだバクバクしているし、変な汗も出てしまったが、とりあえず違和感いわかんのある自分の腕の状態を見てみようと思えた。

 とは言っても、違和感の正体はなかば予想できることではあったが、信じられない思いが強かったため、そっと上掛うわがけの中をのぞいてみると、思った通り、レオナルドの右腕はセレナリーゼによってがっしりと抱きしめられていた。


(……これどういう状況!?)

 混乱こんらんした頭で考えてもわからない。冷静になんて全くなれていなかった。

 何とかしなければ、とそれだけが先走さきばしるが、実際は何も行動できずただ固まっていた。

 けれど今室内にいるのはレオナルドとセレナリーゼだけだ。しかもそのセレナリーゼは隣でおだやかな寝息を立てている。そんな静かな室内にいれば、時間とともに自然と落ち着きを取り戻していき、身体からだから力が抜けていったレオナルドはセレナリーゼの寝顔を見てフッと小さく笑った。

 セレナリーゼを助けることができた、その思いがレオナルドの中で強くなっていく。

(よかった……。本当によかった……)


 落ち着いてくれば、いつまでもこうしてはいられない、とセレナリーゼに抱きしめられている腕を抜こうとこころみる。

 起こさないように気をつけながら悪戦苦闘あくせんくとうし、ようやく腕を抜くことができたレオナルドがほっと安堵あんどの息をいたそのとき、

「レオナルド様?」

 タイミングがいいのか悪いのか、そんな状況のレオナルドに声がかけられた。

 瞬間レオナルドの肩がビクッとする。誰かは声だけでわかった。

 レオナルドはギギギと音がしそうなほどぎこちなく声の方に顔を向けた。

「ミ、ミレーネ……」

 レオナルドの目に入ってきたのは想像通りミレーネだった。ミレーネはベッドに向かって一直線に歩みを進めてくるため、レオナルドはバッと上体じょうたいを起こし、セレナリーゼを上掛けで隠すようにした。


「よかった。お目覚めになられたのですね」

 今の状況をどう説明すればいいんだと頭をかかえたくなっていたレオナルドだが、ミレーネの顔を見て目を見開く。普段のクールな様子でも、揶揄からかう様子でもなく、涙目になっていて、安堵していることがレオナルドにもわかるくらい表情に出ていた。今まで見たことのないミレーネにレオナルドの頭が真っ白になる。

「あ、ああ。ついさっきね」

 何とかそう言葉を返すのがやっとだった。

「そうでしたか。皆様お喜びになられると思います。もちろん、私も」

「っ、う、うん……」

 ミレーネの優しい笑顔にレオナルドはほほが熱くなるのを感じた。

 同時に猛烈もうれつのどかわきを自覚して、そのまま水を一杯飲もうとベッドわきにある水差しに手をばそうとしたが、ミレーネが先回りしてコップに水を入れて差し出してくれた。

「……ありがとう」

 レオナルドはそれを一息に飲み干す。

「ふぅ……」

 それで少し落ち着いたレオナルドは状況を確認することにした。

「少し聞いてもいいかな?」

「…はい。なんなりと」

 何を聞かれるのか、とミレーネの声に緊張きんちょうの色がじるがレオナルドは気づかなかった。

「ありがとう。おれ…、僕は貧民ひんみん街で倒れた、んだよね?今って……?」

「レオナルド様は丸三日以上眠っておられました。今は事件のあった日から四日目の朝です」

「そんなに!?」

 レオナルドは目を見開き、思わず手を見つめながらにぎって開いてを繰り返す。

 そこで、レオナルドは自分自身の違和感に気づいた。あるべきはずのものがない、と。

「…ねえ、ミレーネ。お、僕の怪我けがなおってるみたいなんだけど……?」

 ナイフでつけられた切り傷が綺麗きれいに無くなっているのだ。言いながら背中、腰とさわってみると、そこは触った感じあとになっているようだったが、間違いなく傷はふさがっていた。というか、腰に関しては戦闘後すでに塞がっていたのを思い出す。

 あのときは都合つごうがいいと深く考えなかったがこれは明らかに異常いじょう事態だ。レオナルドに自己じこ治癒ちゆ?と言えばいいのか、そんな能力があるなんてゲームでは一切いっさい出てこなかった。ラスボスのレオナルドが回復までしてきたら強すぎるだろう。倒せた気がしない。

「はい。確かにレオナルド様のお体には多くの傷がありました。レオナルド様が気を失われてすぐに騎士の方が回復魔法を使用しましたが一切効果がなく、場は騒然そうぜんとしました。それから急ぎお屋敷に戻り、お医者様にていただいたのです。ですが……、それらの傷は翌日の朝には綺麗に治っておりました」

 神妙しんみょう面持おももちでミレーネは説明した。

「そう、なんだ」

 回復魔法がかなかったことについては、事前にレオナルドだけは知っていたことのため、皆かなりびっくりしたんだろうなぁと、そんな感想しか出てこなかった。

「回復魔法が効かなかったことも傷が治ったことも、どちらも理由は判明していません」

「なるほど……」

 ただ傷の治癒については別だ。クラントスを倒せた力のことも。自分のことについてもっと考える必要がある。知る必要がある。ミレーネが言いづらそうにしているのも自分の身に理由がわからない事態が起こっているからなのかもしれない。

 レオナルドが考え込んでしまったため、しばし無言の時間が流れた。

 セレナリーゼもそういうところを心配してくれているのだろうか。でもそれがどうしたらい寝になるのか、レオナルドには理解できない。ついチラリとセレナリーゼに目をやってしまった。


 そこで、雰囲気ふんいきを変えようとでも思ったのか、ミレーネが口を開く。

「……ところで、レオナルド様」

「ん?」

 ミレーネの顔を見た瞬間にレオナルドは嫌な予感がしたがもう遅い。

「先ほどからずかしがってわざわざ言い直さなくても、俺、と言えばいいのでは?貧民街では普通に俺と言っていましたよ?ぼっちゃま」

 小首をかしげるミレーネは心底しんそこ不思議ふしぎだと思っているように見えなくもない。でもレオナルドには揶揄われているだけだとわかっている。

「っ!?べ、別に恥ずかしがってなんかないし!?ま、まあでもそうだな。普通にしてればいいよな!」

(そんなツッコミわざわざする必要ないだろ!?)

 レオナルドは平静をよそおおうとするが、恥ずかしさから顔を真っ赤にしていた。ただこんなことを言われたことで、ある意味吹っ切れた。今後は『俺』でいいや、と。心の中で、ゲームでもレオナルドは一人称が『俺』だったし、という言い訳も用意して。

 だがミレーネの追撃ついげきは止まらない。

「それと、そちらにセレナリーゼ様が眠っていらっしゃるようですが?」

「っ、いや、これは、俺もさっぱりわからない状況で―――」

「添い寝をご所望しょもうでしたらおっしゃってくだされば私がさせていただきますよ?坊ちゃま」

「いやいやいや、俺が望んだ訳じゃなくて……って、ついさっき起きたばっかだって言っただろ!?あと坊ちゃま言うな」

「あら、そうなのですか?」

「そうだよ!」

 レオナルドの声が思いのほか大きくなってしまった。


「ん…ぅ……レオ、兄、さま?」

 その声でセレナリーゼが目を覚まし、寝惚ねぼけた目でレオナルドを見上げる。

「あ、ああ。おはよう、セレナ」

 レオナルドはそんなセレナリーゼに何とか笑顔を作って挨拶あいさつをした。

「っ、レオ兄さま!」

「おっと」

 完全に覚醒かくせいしたセレナリーゼはレオナルドが起きていることを理解し、腰の辺りにギュッと抱きついた。

「よかった。よかったぁ…。全然目を覚まさないから私……」

「心配かけてごめん、セレナ。もう大丈夫だから」

 レオナルドはセレナリーゼの頭を優しくでながらそう声をかけるのだった。


 その後、正気しょうきに戻った、というか自分が昨夜さくやから今にいたるまで何をしていたかを思い出したセレナリーゼは、

「そ、それでは、私は部屋に戻りますね」

「あ、ああ。それはいいんだけどさ。セレナはなんでこの部屋で―――」

「レオ兄さま、また後ほど。ミレーネ手伝ってくれますか?」

「?わかった」

「はい」

 あわてた様子でミレーネを連れて部屋に戻っていった。

 レオナルドはセレナリーゼの態度の意味がわからず首を傾げたが、ミレーネは退出するとき小さく笑みを浮かべていた。


 ―――――あとがき――――――

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