第21話 セレナリーゼの気持ち②
翌日、翌々日もレオナルドは眠ったままだった。
ただ一つだけレオナルドの体に変化があった。事件の翌日、ミレーネがレオナルドの包帯を取り換えようとしたとき、驚くべきことに、レオナルドの傷がほとんど治っていたのだ。背中や腰には傷の痕が残っているが、腕などにあった切り傷は綺麗になくなっていた。
医者にも診てもらったが、理由はわからなかった。皆理由不明の治癒に困惑はあったものの、傷が治っているというのはいいことだと無理やり納得した。包帯を巻く必要がなくなったレオナルドは本当にただ眠っているだけに見える。
そして事件から三日目の朝、セレナリーゼは今日も起きてすぐにレオナルドの部屋に向かった。レオナルドの部屋で過ごすのが、この数日セレナリーゼの日課となっている。
セレナリーゼとしてはこの日も一日、レオナルドの側にいたかったのだが、フォルステッドの計らいで、フォルステッドとともにシャルロッテにお茶会欠席の謝罪に行くこととなった。レオナルドがまだ目覚めていないけれど、謝罪は早ければ早い方がいいという考えからだ。こんなに早く王族に会う機会を得るとはさすがは公爵家当主といったところだろうか。
そうしてシャルロッテへの謝罪を終えて、今はもう夜だ。戻ってからはできるだけレオナルドの部屋で過ごしていたセレナリーゼは、レオナルドを見つめながら、シャルロッテとの会話を思い出していた。時間が経ってもまだ胸の辺りがモヤモヤして、怒りのような感情がなくならないのだ。
セレナリーゼとフォルステッドが王城の応接室で待っているとシャルロッテが入ってきた。護衛だろう女性騎士、そして侍女も一緒だ。セレナリーゼがフォルステッドとともに挨拶して着席すると、侍女が三人分のお茶を淹れる。落ち着いたところでセレナリーゼはお茶会に出席できなかったことを謝罪した。
「そんなのセレナリーゼが気にすることなんてないわ。あらためて公爵家次期当主就任おめでとう。直接お祝いを言えて嬉しいわ」
「ありがとうございます」
「フォルステッド様も素晴らしいご決断をなされたと思いますわ。やはり公爵家の跡取りには優秀な人物がならなければなりませんよね?」
「……はっ」
話を振られたフォルステッドは短く答える。頭を軽く下げているためその表情は見えない。フォルステッドの態度に満足したのか、シャルロッテは再びセレナリーゼに視線を向ける。
「今回のことだってどうせレオナルドが原因なのでしょう?」
「?いえ、そんなことはありませんが……」
なぜレオナルドが原因などと言われるのか、セレナリーゼには訳がわからなかった。
「フォルステッド様とセレナリーゼに任せて今日も来ていないようですし、本当身勝手な人ね。それとも余程
「っ、いえ!兄は決してそのような―――」
レオナルドはお茶会を楽しみにしていた。今だってまだ目覚めていないから来れないだけだ。セレナリーゼは言える範囲で説明しようとしたが、それはシャルロッテに遮られた。
「いいのよ。兄妹だからって庇わなくても。今回のお茶会ではセレナリーゼのように将来有望な人をたくさん招待していたの。セレナリーゼにはぜひ人脈を広げてほしかったし、レオナルドには現実を知ってもらおうと思ったのだけれど残念だわ」
「っ!?」
(シャルロッテ様は何を言ってるの?現実……?)
シャルロッテの言い方がひっかかり、セレナリーゼの中に困惑が広がる。今回のお茶会でレオナルドに対して何かするつもりだったのだろうか。隣に座るフォルステッドは黙って聞いている。言いたいことはあったが、王族とはいっても子供の言葉だ。大人である自分が口を出すべきではないとの考えからだった。
「今後レオナルドが何を言ってきても負けちゃダメよ、セレナリーゼ。今回の規模でのお茶会はいくら私が王族だといっても中々難しいけれど、何かあったらいつでも力になるから」
シャルロッテは本心から言っている。レオナルドに対するものもセレナリーゼに対するものも彼女にとっては正当な評価だ。そしてフォルステッドとセレナリーゼも自分と同じ考えだと思っている。だからこそ、次期当主の交代劇が起きたのだろう、と。自分はあなたの味方だと言いたげにシャルロッテは楽しそうな笑みを浮かべて話しているが、セレナリーゼはとても笑ってなんていられなかった。
(いくら王女でも……レオ兄さまを悪く言われるのは我慢できない!)
セレナリーゼは一度小さく息を吐きだして、努めて冷静に、だが自分の気持ちをまっすぐに言葉にした。
「……兄は私が次期当主となったことを応援してくれています。私なんかのことを本気で……。だから私はそんな兄の期待に応えたいと思っています」
言葉にした瞬間、自分自身でもストンと腑に落ちた。
(そうだ。私はレオ兄さまの期待に応えたい。レオ兄さまの気持ちを裏切らない自分でいたい)
「……レオナルドが?」
シャルロッテは信じられない気持ちから目を見開いてしまう。嘘だろうとしか思えない。セレナリーゼの隣ではフォルステッドも内心で驚いていたが、表情は変わらない。
「はい。兄は私のことを大切に思ってくれています。ですから、シャルロッテ様が気にされているようなことはございませんよ」
セレナリーゼは笑ってみせた。それは彼女が貴族として気持ちを表に出さないように仮面を被った初めての瞬間だった。
「そ、そうなの。ならいいわ」
シャルロッテは、セレナリーゼの笑顔に得も言われぬ迫力を感じ若干圧された。ただ、レオナルドがセレナリーゼの邪魔をしないのであれば、それは自分が求めていたものと同じであるため、すぐに笑顔を取り戻した。
その後もシャルロッテの口からはナチュラルにレオナルドを貶める言葉、そしてセレナリーゼを褒める言葉が続いたが、セレナリーゼは最後まで必死に顔には出さないようにして応対した。
シャルロッテとの話を終えたセレナリーゼ達が応接室を退出し、馬車に乗ったところで、
「セレナリーゼ、よく頑張ったな」
フォルステッドがセレナリーゼを労った。
「いえ、これくらいレオ兄さまに比べたら何でもありません」
「そうか……」
フッとフォルステッドの表情が綻ぶ。この数日、セレナリーゼはずっとレオナルドから離れなかったし、今日も屋敷に戻ったらレオナルドの元に行くのだろう。どうも今回の事件以降、セレナリーゼの中でレオナルドの存在が大きくなったように感じる。まあ自分を助けてくれた相手なのだからそういうものかもしれないが。
「お父さまの気にされていたことはいかがでしたか?」
「ああ。おそらく今回の事件にシャルロッテ様は関わっていない。まあ、屋敷に着くまで油断はできんがな」
フォルステッドが謝罪を急いだ理由はこれだった。王族であるシャルロッテが裏で糸を引いていたのであれば由々しき事態のため、早急に確認する必要があったのだ。セレナリーゼを囮にするようなやり方に見えるが、セレナリーゼも今回の意図を説明されており納得済みだ。それに、セレナリーゼの保護者としてだけでなく、安全について万全を期すために公爵家で最強の戦力でもあるフォルステッドが常に側にいた。
「そうですか……。では犯人についてはわからないままですね」
「そうだな。もしかしたらレオナルドが何か知っているかもしれないが、とりあえずは注意を払うしかあるまい」
「はい」
そうして、セレナリーゼは精神的に疲弊しつつも謝罪を終え、賊に襲われることもなく無事帰宅したのだった。
「はぁ……」
思い出してしまったことを追い出すように、そして荒れた気持ちを落ち着けるように、セレナリーゼは一つ息を吐く。
そして徐に椅子から立ち上がるとレオナルドの頬に手を伸ばし触れた。手のひらからレオナルドの体温が伝わってくる。どういう訳か、心臓がドキドキとして、頬が少し熱い。
「レオ兄さま、早く起きて……」
早くレオナルドの優しい笑顔が見たい。レオナルドにいっぱいお礼を言いたい。
その後、何を思ったのか、セレナリーゼは顔を真っ赤にしながらそろそろとベッドに上がるのだった。
この数日、毎日同じ時間帯にレオナルドの部屋へと様子を見に来ていたフォルステッドは、目にしたものに一度苦笑を浮かべると、これまでのように寝落ちしたセレナリーゼを自分の部屋に連れていくことなく、そのまま部屋を後にした。
レオナルドが目を覚ましたのは翌朝のことだった。
―――――あとがき――――――
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