第5話 いきなりの分岐点

(このタイミングで!?何の前触まえぶれもなくこんないきなり!?)

 フォルステッドの話はもちろんちゃんと聞いていた。だが、レオナルドは、まさか前世の記憶を取り戻したその日がこの次期当主じきとうしゅ交代話をされる日とは、と頭をかかえたくなっていたのだ。もうちょっと心の余裕というか、猶予ゆうよが欲しかった。だが、記憶を取り戻す前だったらと思うとゾッとする。運がいいのか、悪いのか判断が難しいところだ。

 紅茶を飲んでいる途中だったら間違いなくき出していただろう。それくらいの衝撃しょうげきだった。


 内容については、ゲーム知識があるため驚きはなかった。というのも、セレナリーゼの魔力量が判明した後にされた今回の当主交代話は、フォルステッドにとっても苦渋くじゅうの決断であったことがゲームの回想かいそうシーンで語られているのだ。それだけレオナルドの日に日にとぼしくなっていく表情、そしてどこかくらい影を落としている瞳、対照的たいしょうてきにまるで何かにりつかれたように鍛錬たんれんや勉学にはげむ姿は、親として見ているのが本当に苦しかったのだ。

 フェーリスがずっと辛そうな顔をしていたのはフォルステッドと思いは同じだが、言われたレオナルドがどう思うかと考え心を痛めていたのだろう。


(でもなんでセレナは父上の決定に異議いぎとなえるようなことを?)

 これもレオナルドには驚きだった。

 ゲームではそんな描写びょうしゃはなかった。誰よりも先にレオナルドがフォルステッドに食ってかかり、次期当主は自分だと、自分以外にはありえない、と激しくうったえるからだ。

 レオナルドの鬼気迫ききせまるあまりの剣幕けんまくに、フォルステッドは息子への情から自身の決断をひるがえし、結局次期当主をレオナルドに任せることにする。


 だが、げてしまったものをなかったことにはできない。これをきっかけにして、レオナルドは家族全員に対して完全に心をざし、不満やうっぷんめ込んでいき、うらみやにくしみといった感情をつのらせていく。全員が自分の敵のように感じたのだ。結果として、この気持ちも精霊に利用されることになる。


 先の展開を知っている身としては、今回、フォルステッドの取った方法は間違いだったと言わざるを得ない。情であっさりと翻してしまう程度なら何も言わなければよかったのだ。

 まあ今のレオナルドはそんな破滅はめつまっしぐらなこじらせ方はしないが。


 つまりは、だ。今、このときは、まさ分岐ぶんき点なのだ。

 ゲーム通りならレオナルドは次期当主のまま。けれど、もしここで本当にそのをセレナリーゼにゆずったら?

 もしかしたら死亡フラグも回避かいひできるのではないだろうか。

(……これは好機こうき、なんじゃないか?)

 セレナリーゼのルートでは、彼女はやまいおかされながらも自らの意志いし公爵こうしゃく家をぐ。今のセレナリーゼがどう考えているのかわからないが継ぐのが嫌、ということはないだろう。こんな早くから重責じゅうせきを押し付けることになると思うと少し気が引けるがサポートくらいは自分にだってできる、はずだ。病については現状げんじょうまった兆候ちょうこうはないし、未来がどのルートに進むか不明なためゲーム通りになるかもわからない。他のルートではそんな描写はないため、今は考えても仕方がないだろう。

 それに早くから次期当主としての教育を受けることができるというメリットもある。自分の平穏へいおんらしのためにも、セレナリーゼにはぜひ立派りっぱな公爵になってほしい。

「どうした、レオナルド?お前の考えを……気持ちを言ってみなさい」

 いかけてもだまったままのレオナルドに対し、フォルステッドが再度うながす。


「あ~と、そうですね、突然のことに驚いてしまって言葉が出てきませんでした。ですが、考えたら父上のおっしゃることは当然だと思います。次期当主はセレナの方がいい。僕はずっとめられた態度ではなかったですし、何より魔力なし、ですから」

 レオナルドは苦笑くしょうしながらもはっきりと自分の考えを言い、フォルステッドの様子をうかがう。

「…………」

(なんで何も言ってくれないかなぁ……?)

 フォルステッドはけわしい顔をしていてその考えが全く読み取れない。フォルステッドにとってなやんだ末での苦渋の決断だったとしても、レオナルドの方から率先そっせんして同意しているんだから、そうか、とか、わかった、とか早く言ってほしい。

 実際のところは、レオナルドの言葉にフォルステッドだけでなく三人とも絶句ぜっくしているだけだった。それに気づきもせずレオナルドは続ける。

「王国においてかなめでもあるクルームハイト公爵家当主には生まれの順番や性別よりもやはり魔力が重要でしょう?その点、セレナなら何の問題もない。セレナは勉強も頑張がんばってますしね。僕は将来公爵領内りょうないのどこかの田舎町いなかまち代官だいかんでもさせてもらえたらうれしいです」

 ついでにのぞみも言ってみた。

(認めてください、父上!お願いします!)

 レオナルドは心の中で必死にお願いした。死亡エンドを回避して悠々自適ゆうゆうじてきなスローライフを送りたい!これは今のレオナルドのせつなる願いだ。

「……本気で言っているのか?」

 フォルステッドは何とかすぐに立ち直ったが、出てきたのはそんな確認の言葉だった。

「?ええ、もちろんです。あ、セレナが困っていたらもちろん全力で手助けしますよ?どうかな、セレナ?セレナは嫌かな?」

「あ、いえ、私は……」

「父上もこう言っているし、僕もその通りだと思うから」

「レオ兄さま……」

「セレナなら絶対大丈夫だよ。うまくやれると思う」

「……わかりました」

 逡巡しゅんじゅんしていたセレナリーゼだが、最終的にはつぶやくようにそう答えた。セレナリーゼの言葉にレオナルドは満足そうに一度うなずくとフォルステッドへと向き直る。

「ただ、父上にお願いがあります。今後も勉強と剣術の鍛錬たんれんは続けたいと思っているのですが、鍛錬についてはもっと実戦じっせんを増やしたいんです。もう立場も変わりましたから回復魔法の使い手といった過度かど護衛ごえいも必要ありません。よろしいでしょうか?」

 戦争や魔物の脅威きょういなど危険きけん身近みじかな世界だ。様々な知識を得て、情勢じょうせいを学ぶことと戦う力を身につけることは必須ひっすだった。そのために実戦経験を増やしたい。


 レオナルドとしては将来自分が死なないための至極当然しごくとうぜんの願いなのだが、家族にとっては違った。驚きを隠しもせず全員目を見開いている。


 当たり前だ。次期当主でなくなったとしても、公爵家子息しそくであることに変わりはない。それなのに、そんな危険をおかす必要がどこにあるというのか。レオナルドとしては死にたくないからなのだが、フォルステッド達からすればレオナルドが死に急いでるようにも感じたのだ。

 正直レオナルドの考えていることが彼らには全くわからなかった。

「……わかった。確かレオナルドに鍛錬をしているのはアレンだったな。アレンと一緒なら認めよう。ただし十分に気をつけて行うように。怪我けがをしてからでは遅いのだからな」

 それでもレオナルドの真剣しんけんでまっすぐな表情を見てフォルステッドは許可きょかを出した。子供が望むのならばやらせてやりたいというのが親心おやごころなのだ。


「ありがとうございます!あ、あと、もし代官にさせていただけるなら、将来王立学園には通う必要がないかなぁと思うんですが、どうでしょうか?」

「何を言うかと思えば……。そんな訳ないだろう?王立学園への入学は貴族きぞく義務ぎむだ。今の話とは関係ない」

 もしかしたらノリでいけるのではないかと思ったレオナルドの今日一番の望みは、あきれを隠しもしないフォルステッドに軽く否定されてしまった。

「そうですか……。わかりました……」

 傍目はためにわかるほどがっくりと肩を落とすレオナルド。この世界の常識じょうしき的にレオナルドの言ったことは冗談じょうだん以外の何物でもないため、その態度がフォルステッド達には不思議ふしぎでならなかった。

(チッ、やっぱさすがに無理か。ゲームの舞台ぶたいになってる学園そのものを回避できるかと思ったのに!)

 貴族の義務とか言い始めると戦争にもり出されることになる。そういうのは死ぬ可能性が高まるため絶対に避けたいのだ。

「レオナルド。次期当主はセレナリーゼということで本当に、いいんだな?」

「はい。もちろんです」

 最終確認、というのがわかるほど重くひびくフォルステッドの言葉に対して、清々すがすがしさすら感じるレオナルドの返答にフォルステッドはため息を吐きたくなる気持ちをぐっとこらえた。今までの思いめていた態度は何だったのか……。

「……わかった。セレナリーゼもかまわないな?」

 セレナリーゼはなおもチラッとレオナルドの様子をうかがう。それに気づいたレオナルドはにっこり笑うとこくりと頷いてみせた。

「……はい。頑張り、ます」

 全体を見渡しながらフォルステッドがめくくる。

「では、今日このときをもって、クルームハイト公爵家次期当主はセレナリーゼとする!」

 フォルステッドのこの宣言は当然家族内だけではおさまらない。この情報はすぐに王侯貴族おうこうきぞくの間に広まることになる。


 ―――――あとがき――――――

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