第9話 魔物との戦い

 数日がぎ、レオナルドは今日、午前中セレナリーゼと一緒に勉強して、昼過ぎからアレンと二人で王都近郊きんこうにある森に来ていた。こんなところに来たのは、レオナルドが鍛錬たんれんを始めて半年程度った頃からおこなうようになった、週に一度の実戦訓練じっせんくんれんのためだ。アレンの負担ふたんが増えてしまうのは申し訳ないが、今後はこの実戦訓練の頻度ひんどを増やしていくつもりでいる。これまではアレンを含む三人の騎士、うち一人は貴重きちょうな回復魔法の使い手、といったメンバーだったが、先日フォルステッドに提案ていあんした通りこれからはアレンと二人だ。

 ちなみに、この時間、セレナリーゼは家で自由に過ごしている。


 この森は普通の森とは違い、魔素まそと呼ばれる空気中に含まれる魔力のようなものがまりやすい場所であり、そんな魔素溜まりには魔物まものえることなく発生し続けるという特徴とくちょうがある。

 魔物というのは体内に魔核まかくという石を持つ生物の総称そうしょうだ。生態系せいたいけいなどまだまだ不明な点が多い。魔物の持つ魔核は空気中の魔素が体内で結晶化けっしょうかしたものだと言われており、その影響えいきょうか、魔物は身体しんたい能力のうりょくが高く、中には魔法のようなものを使ってくる個体もいる。魔物は非常に凶暴きょうぼうで、村や町をおそったりするため人々にとっては厄介やっかいな存在である。


 一方で、人々はこの魔核を魔石ませきへと加工して、魔道具を作製さくせいするようになった。


 魔道具とは、魔法のような効果を道具で再現さいげんしたもののことだ。戦闘で役立つ物が多いが、生活に役立つ物も多い。

 魔道具を使用するためにも微量びりょうの魔力が必要になるが、魔法を使うよりも圧倒的に少ない魔力でむ。そのため、決して安いものではないが、貴族はもちろんある程度裕福ゆうふくな平民の生活にまでかなり普及ふきゅうしている。

 ちなみに、レオナルドの家にも当然、いくつか便利べんりな魔道具があり、使用人達が働く裏方うらかた設置せっちしてある。


 結果、人々は魔石のもととなる魔核を重要な資源しげんと考えるようになった。主な用途ようとは魔道具作製だが、他にも様々な用途で使われている需要じゅようの高い品だ。

 そのため、この森には王都を拠点きょてんにしている冒険者もよくおとずれる。魔物の素材そざいや魔核は冒険者ギルドで売ることができ、冒険者のよい収入源しゅうにゅうげんとなっているのだ。


 そんな魔物が多く存在する森が王都近くにあるということで、その魔物相手に実戦訓練をするようになったのだ。これは当時レオナルドから希望したことだ。フォルステッドも騎士団長も跡継あとつぎに何かあってはいけない、危険きけんだと当初とうしょしぶったが、レオナルドの決意がかたいため、体制をととのえること、そして森の入口付近ふきんで行うことを条件に許可きょかを出した。なぜ入口付近かと言えば、森は奥に行けば行くほど強力な魔物が出現しゅつげんするからだ。


 実戦訓練を始めた当初、魔物といえど生物を殺すことに、レオナルドは恐怖きょうふしていた。剣をかまえるものの、切りかかることもできず、目の前でアレンが魔物をほふるのを見て、そのあまりの生々なまなましさにいてしまったほどだ。初めて魔物を倒したときにはふるえが止まらなかった。自分が生物を殺したのだという現実をこれでもかというほど受け止めてしまったのだ。

 けれど強くならなければならないとそればかりを考えていたレオナルドはそんな心を押し殺して実戦訓練を続けてきたという経緯けいいがある。



 森に入って早速さっそく、レオナルドはおおかみ型の魔物、シュネルウルフと遭遇そうぐうした。この魔物はスピードに特化とっかしており、するどきばつめで攻撃してくる。そうは言っても低ランクの初心者冒険者が相手にするようなレベルの魔物だ。即座そくざに剣をくレオナルド。だが、このときレオナルドはとてつもない恐怖心と戦っていた。

 生物を殺すことに対する恐怖?確かにそれはまだレオナルドの中にあるが、そんな漠然ばくぜんとしたものではない。もっと切実せつじつで、逼迫ひっぱくした恐怖だ。それは前世の記憶を思い出した今のレオナルドだからこそ感じているもの。


 レオナルドはこれまでの実戦訓練のことを思い出していた。回復魔法が使える者は非常にかぎられており、貴重な存在だ。フォルステッド達が必須ひっす条件としたのが彼の同行だった。万が一のとき、回復魔法があれば、大抵たいてい怪我けがなどは治癒ちゆできる。ただ実戦訓練は順調じゅんちょうで運よくそのお世話になることはなかったため、レオナルド含め今まで誰も気づいていなかった。レオナルドには魔力が全くないため、回復魔法がかないということを。だから次期当主をセレナリーゼにする際に、しれっと実戦訓練に回復魔法使いは必要ないと断ったのだ。ちゃんと回復魔法が効く者のそばにいるべきだと考えて。

 怪我をしても回復魔法では自分はなおらない。医者にてもらうしかないのだ。もしも致命傷ちめいしょうになるような傷をったら……、それは死ぬことを意味している。

 だからレオナルドは恐怖しているのだ。


 だが、強くなるためには必要な訓練だ。ゲームのようにレベルの概念がいねんなんてないが、経験値をむことができるのは間違いないから。

 必死に恐怖心をおさえ込み、レオナルドはシュネルウルフと相対あいたいしていた。


 レオナルドは相手の動きをじっと見る。スピードのある相手に自分から突撃とつげきすることはできない。シュネルウルフも青黒い魔力をあふれさせうなり声を上げながら殺気を放っている。

 先に動いたのはシュネルウルフ。一直線にレオナルドに向かって飛び込んできた。一咬ひとかみで終わらせる気なのだろう。それをレオナルドは剣で受け止めた。牙と剣が激しくぶつかりガキンと大きな音がひびき渡る。だが、それは一瞬いっしゅんのこと。すぐにレオナルドはシュネルウルフを受け流す。魔力による身体強化ができないレオナルドは魔物とちから勝負なんてできないからだ。


 レオナルドのすぐ横を抜けていくシュネルウルフはすぐに反転はんてんして再び唸り声を上げる。レオナルドも同じくすぐに反転した。


 たった一度の攻防こうぼうだというのに、レオナルドの息は上がっていた。負傷できないという思いが強すぎて上手うまく身体が動かない。今までのレオナルドならすれ違いざまに一撃入れられていたはずなのだ。


(落ち着け。大丈夫、大丈夫だ。普通に戦えば負ける相手じゃない)

 レオナルドは必死に自分に言い聞かせる。シュネルウルフは正直しょうじき強くはない。今までに倒したことだって何度もあるのだ。


「グルルルアアァァッッッ!!!」

 レオナルドが落ち着く前に、シュネルウルフが爪や牙を使い攻撃を仕掛しかける。二度、三度。それらをすべてレオナルドは受け流すが反撃はんげきにはいたらない。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、ぐっ」

 レオナルドの息があらくなる。だが、冷静れいせいな部分がげてくる。こんな魔物に手こずっていてどうやって自分の死ぬ運命をくつがえすというのか。負けられない。負ける訳にはいかない。

(こんな恐怖乗りえろ。俺はこの世界で生きると決めたんだ!)

 シュネルウルフが再度突撃する。が、レオナルドは速度にれてきたのか、自ら一歩をみ込んだ。

(こんなところで!負けてられるかァァァッ!!!)

 レオナルドはシュネルウルフをギリギリでかわすとそのまま剣をりぬいた。

 すぐに振り返り、シュネルウルフを見ると、剣から伝わってきた感触かんしょくのとおり、胴体どうたいを深く切りかれたシュネルウルフは今の一撃で絶命ぜつめいしていた。

 相手が倒れたことを確認できてようやく荒くなった息を落ち着けていくレオナルド。肉を引き裂く生々しい感触が手に残っていて少し震えている。それを振り払うように剣を振るい、ついた血をはらい落すと、腰にあるさやおさめた。



 ―――――あとがき――――――

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