第8話 強くなる

 レオナルドの事情はアレンも知っていた。正直しょうじき、騎士団長から指南しなん役に指名されたときは、無駄むだなことに時間を取られたくない、という思いがあった。魔力の有無うむはそれほど重要なのだ。お遊び程度なら自分達騎士がわざわざ相手をする必要もないと思ったし、かりに本気だとしても、剣術だけをいくらばそうと魔法を併用へいようされればそれでおしまいだ。最低でも身体強化魔法は必須ひっすと言っていい。騎士の実戦は剣と魔法の複合ふくごうだから。それをくつがえそうと思ったら相当そうとうの実力差をつけなければならない。だがそんなものは現実的ではないのだ。それよりも次期公爵こうしゃくとして戦術などを学び、いざという時に指揮しきをできるようにする方がいいのではないかと思っていたくらいだ。


 そんな考えがあったから、アレンは鍛錬たんれん初日に失礼にならないよう慎重しんちょうたずねた。剣術を習ってどうなりたいのですか?と。

「僕は剣術で誰にも負けない力をつける必要がある。…僕は強くならなきゃいけないんだ」

 このときのレオナルドは何かを必死におさえ込んでいるような暗い表情をしていた。なりたい、ではなくならなきゃいけない。りつめた糸のようにいつ切れてもおかしくないあやうさがあった。

 そんなレオナルドにアレンは当初同情どうじょうの気持ちがあったことを否定ひていできない。

 けれどレオナルドは強くなることに貪欲どんよくで、一生懸命いっしょうけんめいだった。肩に力が入り過ぎて痛々いたいたしいほどに。

 そうして鍛錬を続けるうちに、アレンの意識いしきは変わっていった。

 だから今レオナルドがしている稽古けいこはとても十歳、十一歳という年齢の子がやるような内容ではない。それでもレオナルドは弱音よわね一つかず全身全霊ぜんしんぜんれいで取り組んでいる。本当にすごいことだ。不敬ふけいな言い方だが、アレンは十も年下の少年に尊敬そんけいねんすらいだいた。それにレオナルドには間違まちがいなく剣術の才能がある。勿体もったいないほどに。


「レオナルド様はどれほど強くなりたいのですか?」

 あらためてアレンはいてみた。訊いてみたくなったのだ。

「ん?前にも言ったと思うけど、剣術で誰にも負けないくらいに、かな。まだまだだけど」

 やっぱり、今のレオナルドは何だかいい感じにかたの力が抜けている。それでいて言葉には力があり、そのひとみはまっすぐ目標もくひょうに向かっている。簡単に言えば、とてもいい精神状態にあると感じた。今朝けさの次期当主交代の話は騎士団長からアレンも聞いている。もしやそれが理由なのだろうか。アレンにはとても精神状態がよくなるような話ではない気がするのだが、変化と言えばそれくらいだろう。もしかしたら一皮ひとかわむけたというやつなのかもしれない。


 とりあえずで立てるような目標ではない。けれど本人がそれほど高い目標を持って、全力で頑張がんばっているのだから、その手助けをして差し上げたい、アレンは本気でそう思った。

「なるほど。ではまずは私に勝てるようにならないといけませんね?」

「もちろん、すぐにアレンをいてやる!」

「はははっ。では、追い抜かれないように私も精進しょうじんします。続きを始めますか?」

「うん。ふぅ……、よろしくお願いします!」

 アレンは今後のレオナルドの成長がさらに楽しみになった。


 それからレオナルドの体力がきるまで鍛錬は続いた。

「今日はここまでとしましょうか」

「はぁ、はぁ、はぁ……。ふぅ………、ありがとう、ございました」

 レオナルドは地面に倒れてあらい息をいていたが、何とか立ち上がり、礼をした。

 アレンはこの後も仕事があるため、レオナルド、そしてずっと見ていたセレナリーゼに挨拶あいさつをしてその場をっていった。


「レオ兄さま。おつかれさまでした」

 セレナリーゼがレオナルドの元までやってきて、手に持っていたタオルを渡す。後ろからはミレーネもついてきている。

「ああ、ありがとう、セレナ」

 受け取ったタオルで汗をきながら、

「けどカッコ悪いところばかり見せちゃったね」

 レオナルドは肩をすくめて言うが、

「そんなことないです!すごいと思いました!」

 強めの反論はんろんがセレナリーゼから返ってきた。

「そ、そう?」

「あ、えっと、はい……」

 自分が興奮気味こうふんぎみで、レオナルドが引いていると感じたセレナリーゼはずかしくなってしまいほほあからめる。

「ふふっ、ありがとう。嬉しいよ。これからも頑張れそうだ」

「はい!私応援してます!」

 セレナリーゼは胸のあたりで両手をぐっとにぎると力強く言った。このときのセレナリーゼの笑顔はとても可愛かわいらしいものだった。

(もっと仲が悪いものだと思ってたから、めちゃくちゃうれしいなぁ)

 そんな感想をいだいたからか、レオナルドの表情はふやけたものになっていた。死なないことが一番の目標だが、できれば身近みじかな人と不仲ふなかになりたくもない。


 するとミレーネがすすすっとレオナルドに近づき、耳元に顔をせてレオナルドにしか聞こえないようにささやいた。

格好かっこういい姿をお見せしたいなら、もう少しきりっとしたお顔をされた方がよろしいですよ?ぼっちゃま」

「っ!?ミ、ミレーネ!」

 ぼん、と一瞬で顔を赤くするレオナルド。咄嗟とっさには、とがめるように名前を呼ぶことしかできないほど、かなり恥ずかしいツッコミだった。ここ一年ほどのことだろうか。ミレーネはこんな風に時々些細ささいなことでレオナルドを揶揄からかってくる。そんなときは決まってレオナルドのことを坊ちゃまと呼んで。何度その呼び方はやめてくれと頼んでもやめてくれない。だけどセレナリーゼもいるこんなところでまで揶揄ってこなくてもいいではないか。

「おっと、失礼致しました、レオナルド様」

 ミレーネは片手で口元を押さえて、心のこもっていない謝罪しゃざいを口にする。

「ぐぬぬ……」

 手の隙間すきまから見えたミレーネの口元に笑みが浮かんでいたのを見逃みのがさなかったレオナルドは、ミレーネをにらむように見つめながらうなることしかできなかった。

「レオ兄さま、どうされたのですか?」

 セレナリーゼはそんな二人のやり取りが不思議ふしぎだったのか首をかしげる。

「いや、何でもないよセレナ」

 笑って答えながらレオナルドは思った。セレナリーゼにはミレーネのように人を揶揄って楽しむような人間にはならないでほしいと。


 本来ほんらいのレオナルドは、思いめるタイプだった。そしてなやみを一人でかかえ込むタイプだった。そんなレオナルドは、自分に魔力がないとわかり、自分自身に絶望してしまった。そして、このままでは両親に申し訳ない、公爵家の人間に相応ふさわしくない、と自分を追い込んでしまった。さらには、セレナリーゼの魔力量がわかり、自分は次期当主になれないかもしれないと考えるようになった。クルームハイト公爵家はセレナリーゼがぐのではないか、と。今までうたがいもしていなかった自分の将来が足元からくずれていってしまったのだ。結果、誰にも心を開かず、態度もよそよそしくなっていき、家の中でもどんどん孤立こりつしていった。そうして成長したのがゲームのレオナルドだ。


 けれど、今のレオナルドは違った。現代日本で才能なんて特になくても、普通に学生生活を送り、ブラック企業きぎょうに入ってからも、やれることをやるという精神で生きてきた。私生活しせいかつ趣味しゅみ充実じゅうじつしていて、それなりに楽しい人生だったと思っている。

 そんな記憶を持っている今のレオナルドは自分に絶望していない。彼は死なないために全力を尽くすと目標をさだめて、そのために懸命けんめいに、前向きに今を生きようとしていた。それに正直しょうじき今は当主になりたいとも思っていない。名誉めいよなことだとは思うが、そんなものは皆に望まれているであろうセレナリーゼがなって、自分は公爵領にあるどこかの町で代官だいかんにでもなって、本気で悠々自適ゆうゆうじてきな生活、スローライフを送りたいと思っているのだ。


 記憶を取り戻してまだ一日目だ。だが、このレオナルドの精神性の違いが少しだけ、だが確実に周囲しゅういにも影響えいきょうし始めていた。


 ―――――あとがき――――――

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