【二.暖かい朝】

 こんこんこん!


「おはよ、フリッカ! 朝ごはんできたよ!」

「ジューン、おはようございます。今行きますわ」


 明るい声のする方を向きます。


 肩までのびた、赤毛。

 茶色のチュニック。

 すらりと伸びた足。

 膨らみかけた胸。


 元聖女で呪われた黒髪を持つわたくしは、天使を見つけたのでした。


 ……


 わたくしは追放されてすぐ、王都から少し離れた、田舎の村に逃げ落ちるようにして移ってきました。

 もともと、幼い頃から文字を書くのが好きで、作家に憧れておりました。

 どうせひとりで住むなら、静かなところで文字を書きたかったのです。

 だから、女手一つで農家を営むブラウン家の敷地にある、離れを借りることにしました。

 優しい一家で、黒い髪のわたくしを見ても、顔色ひとつ変えず、暖かく受け入れてくれました。

 一人用のベッドと、物書き用の机と椅子があるだけの、粗末な部屋。


「あー、フリッカ、また夜遅くまで起きてたでしょー!」

「ふふ、もう少しで書き上がりますよ」

「あ、もう少しなの?」

「ええ。の、物語ですよ」

「えへへ、あたしの……うれしいな」


 十一歳のその子は、人差し指同士をつんつんとして頬を染めます。


「いこ、フリッカ!」


 赤毛の少女は、黒い髪のわたくしを怖がる素振りすら見せず、手を引いて母屋に案内しました。

 ……わたくしはこれで満足。

 満足です。


 王室にいた時は、十倍は広い部屋にいました。

 けれど、あの頃は、書くための紙を貰うのにもインクを貰うにも、メイド長を通さねばなりません。

 それに、あの王室での「夢喰い」の聖女としての役目。

 自由に文字を書くような暇はありませんでした。

 毎日毎日がいっぱいいっぱいで、ベッドにつくと泥のように眠ったものです。

 そして見るのです。

「食べた」ばかりの悪い夢を、繰り返し、繰り返し。

 耐えられませんでした。

 ……呪われた、その内容に。


 あんな王室、無くなってしまえばいいのに。


 ……


「あら、フレデリカ様、おはようございます」


 レーズンを練り込んで焼いたパン。

 豆が沢山入ったスープ。

 焼いた目玉焼き──わたくしの大好きな半熟です。

 スープからは湯気が出ています。

 いいにおい。

 六時を知らせる鐘は、さっき手を繋いでいる時に鳴っていたはず。

 まだそんな時間なのに、もうテーブルには美味しそうな朝ごはんが並んでいます。


「いま、準備しますからね」


 まだ三十歳のクレアが、いそいそとテーブルに食器を並べています。


「おかーさん、フレデリカ様じゃなくてフリッカだよう」


 わたくしの愛しいジューンが笑いました。

 とてもきらきらと。


「ありがとうございます。わたくしのためにこんなに毎日……せめて食費だけでも払わせてくださいまし」

「いーえー、フレデリカ様が来ていただいただけで、うちはこんなに明るくなったんですから」


 ほんとうにきらきらと笑うようになりました。


「今日でちょうど半年です。この子が、父親を亡くして」


 そうか、もうそんなに経ったのですね。

 わたくしが王室を追放されてから。

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