勇者はダンジョンでうんこを漏らさない

@setsuna118287

【勇者はダンジョンでうんこを漏らさない】

その日、長きに渡る魔族と人類の戦いに決着をつけるべく、前人未到の魔王城に乗り込んだ勇者パーティーがいた。

伝説の勇者ベンジャミン。

最強の女戦士リリー。

幼き大賢者アンナ。

たった3人ながら、彼らはその圧倒的な力で数々のダンジョンを踏破し、ついに誰も到達すらできなかった魔王城に足を踏み入れたのだった。


しかしこれまで何度も死線をくぐり抜けてきたとはいえ、魔王との戦いを目前にした3人の表情は険しい。

単に死の恐怖からではない。

リリーは魔族に焼き尽くされた故郷のことを、アンナは魔物に喰い殺された父のことをそれぞれ胸に抱きながら重い足取りで進んでいた。


そして勇者ベンはというと


(うんこしてぇ…!)


トイレに行くことばかりを考えていた。


昨夜、国王が主催した晩餐会での食べ過ぎが原因で腹を壊してしまったのだ。


(好物のノロ貝を食いすぎたせいか?…ちくしょう、やっぱり出発前にトイレに行っとくんだった…)


実は出発前から兆候はあった。

だが国民総出で送り出してくれる歓声の中で急にトイレに行きたいなどと言うのは、魔王城を前にしてビビったと思われそうでプライドが許さなかった。


(とにかく、魔王を倒すまでの辛抱だ。さっさと終わらせて帰ろう)


俯きながら無言を貫くベンに、仲間達も普段の彼とは違う雰囲気を感じ取っていた。


(いつも陽気なベンが黙り込むなんて、きっと彼も辛い過去を思い出してるのね…)


リリーはあえて何も言わず、彼の一歩後ろをついて行く。

その時不意にアンナが声を上げた。


「あ、魔物の気配です!」


索敵魔法で常に周辺を警戒してた彼女は、自分達の周囲に100体以上もの魔物の生体反応を捉えた。


「1…、2…、え~と、とにかく沢山います!」


直後、ゴブリンやゴーレムなど様々な魔物が物陰から姿を現し、勇者一行を完全に取り囲んだではないか。

どの魔物も一様に『勇者を殺せ!』と殺気立っており、いつ飛びかかってきてもおかしくない状況だ。


周辺を一瞥したベンは、魔物のレベルがそう高くないことを悟ってリリーに声をかける。


「…リリー、雑魚どもの相手を頼めるか?」


「え?」


「俺はなるべく魔王との戦いまで力を温存したい。だからここはお前に任せる」


本当は便意が刺激されるのを恐れて激しい動きを避けたいだけである。

しかしそんな事を知らないリリーはなるほど!と納得した。


「分かったわ、ここは私に任せて!」


剣を抜いたリリーの目付きが変わる。


「援護は任せてください」


アンナの言葉と共に、戦いが始まった。

魔物達が一斉に襲いかかってきたのだ。


多勢に無勢。

100以上の魔族の軍勢に対し、勇者一行は3人。

しかしその力量差は圧倒的で、数分の内に壊滅したのは魔族の方であった。

リリーは目にも止まらぬ剣さばきで迫りくる魔物を次々に斬り捨て、アンナは剣の届かぬ場所にいる敵を遠距離魔法で撃破。

ベンはひたすら肛門に力を込めてうんこを我慢していた。


そうして瞬く間に屍の山を築いたリリーは、剣にベットリと付着した返り血を振り払う。


「これで終わりかしら?」


「まだあそこにも一体います!」


見ると、城の隅っこで全身包帯に覆われたミイラ男が怯えた様子でうずくまっていた。

勝ち目のない相手を前に、完全に戦意喪失しているようだ。


「トドメをさしてやるわ!」


「待て!」


剣を構えるリリーをベンが制する。


「あんな雑魚は放っておいて早く魔王のところへ行こう。あまり時間がない」


「時間?」


「いや、その…、こうしてる間にも人々は魔族の恐怖に怯えてる。一刻も早く魔王を倒して皆を安心させたいんだ」


「…そうね。私、復讐に取り憑かれて目の前でいっぱいになってたわ、ごめんなさい」


「いいんだリリー。先を急ごう」


本当はトイレに行きたくて急かしているだけなのに、なぜかベンの好感度が上がる。


ミイラ男に背を向け、城を突き進む一行。

階段を駆け上がるにつれ、それに反比例するかのようにベンの便は着実に下に降りていく。

刻一刻と迫る脱糞の時を肌で感じ、というより肛門で感じ、冷や汗が顔面を濡らす。


(…なんでこんな無駄に階段が多いんだ!まだ魔物と戦ったほうがマシだ)


「あ、あそこに宝箱が…」


と立ち止まるアンナ。


「必要ない!」


ベンは目もくれずに階段を上り続ける。


「でも重要なアイテムが入ってるかもしれませんよ」


「いいかアンナ、勝手に人様の宝箱を開けるのは泥棒のすることだ。俺達は泥棒か?勇者だろ!だったらやることはアイテム集めじゃない。人々の笑顔を集めることだ。今は魔王を倒すことだけ考えろ」


冷や汗をダラダラ垂らすベンに気圧されながらも、真っ直ぐな目で見られてアンナは感動する。


「そうですね!わたしが間違ってました!」


またしてもベンの好感度が上がる。

早くトイレに行きたいだけなのに。


そして階段を上りきった先の扉を開けると、とてつもなく広い部屋の奥に豪華な椅子がポツンと置かれていた。

そこに鎮座するは、赤いマントを羽織り、角を生やした男。

見るからに魔王である。

ついに彼らは辿り着いたのだ。


「待っていたぞ勇者よ」


「あれが魔王…」


その壮厳な迫力に息を飲むリリーとアンナ。

そして肛門をギュッと閉じるベン。

そんな勇者らを前に、魔王はマントをなびかせて自己紹介をする。


「我が名はビチグソ・ゲリデール」


「ひどい名前だな」とベン。


「そうだろうとも!かつては我も人類と分かり合おうとした。だが子供の頃そうやって名前を馬鹿にされ、いじめられたから復讐を誓ったのだ」


「人類じゃなくて名付け親に復讐しろよ」


「黙れ!今日ここで貴様らを殺し、人類は滅ぼす!」


魔王はとてつもないオーラを放ち、ベンに向かって急激に接近すると大剣を振り下ろした。


ガキンッ!


と激しい金属音。

ベンが聖剣を抜き、魔王の攻撃を受けたのだ。


「うっ!?」


その衝撃でほんの僅かに肛門が緩み、ブッと小さくオナラが出た。

ギュルギュルとお腹が魔物のうめき声の如く恐ろしい音を立てる。


(…ヤバい!)


肛門に異物感を感じたベンは咄嗟に尻に力を込め、今にも現れそうな果実を引っ込める。


魔王とベンの激しい衝突を目の当たりにしたリリーは剣を抜くことも忘れ、思わず見入ってしまった。


「さすが魔王。なんて強力な一撃なの…!ベンがあんなに青ざめてるところ初めて見た…」


拮抗した鍔迫り合いの中、魔王は不敵な笑みを浮かべる。


「我が一太刀を受けるとは、さすがは勇者といったところか。だが脚が震えておるぞ」


「…おい魔王」


「なんだ?」


「トイレはどこにある?」


リリーとアンナに聞こえぬほど小さな声で、ベンは囁く。


「トイレだと?我を倒せば教えてやろう」


「そういうのいいから!マジで今ヤバイから!!」


ようやく状況を察した魔王はベンを押しのけ、高らかに笑う。


「フハハハ、まさか勇者ともあろうものが糞を漏ら…」


次の瞬間、魔王の角が切り落とされた。

目にも止まらぬベンの一閃によって。


「それ以上何も言うな…!女の子の前だぞ!」


どんな魔物よりも恐ろしく鋭いベンの瞳に、魔王の背筋が凍る。


「俺は女の子にモテるため、勇者として命をかけてきたんだ。それをここでぶち壊しにされてたまるか!」


不純極まりない動機だが、彼の実力だけは本物だった。

気が付くと空気がビリビリと震え、聖剣が強い輝きを放っているではないか。


「ベン!まさかいきなり奥義を放つ気ですか!?」


「彼は怒っているのよ。私達…いや、全ての人達のために!」


とんだ勘違いである。


「魔王、お前は俺を本気で怒らせた。くらえ!アルティメットギャラクシージェノサイド…」


渾身の奥義を放つべく、ベンは全身に力を込める。


ブリッ!


「ファイあぁあぁぁあああん!」


脱糞しそうになり、壮絶な悲鳴を上げたベンは、慌てて持てる力の全てを肛門に注ぎ込んだ。

途端に聖剣から輝きが消え、内股でその場にうずくまるベンを見てリリー達は焦る。


「どうしたのベン!?」


「きっと魔王が何かしたに違いありません!」


しかし当の魔王は誰よりも唖然とした様子。

なぜなら、何もしていないからだ。

ベンは地面に膝をつきながら屈辱に打ち震えていた。


(くっ、これじゃあ攻撃もできない…!一体どうすれば…)


絶対絶命かに見えたまさにその時、思いもがけない奇跡がベンの身に起こる。


(あれ…、便意が…消えていく?)


極限まで肛門を閉じて我慢をし続けた結果、身体がそんな危機に適応し、便秘状態になったのだ。

もちろん普段なら嘆くべき不健康な状態だが、今はむしろ好都合。


(おお神よ…)


ベンは神に感謝し、よろめきながら立ち上がる。


「ベン!わたしが援護します!」


そこへ、ベンが魔王から何かされたと勘違いしたアンナが彼に向かって魔法を唱える。

怪我、毒、呪いなど、肉体を蝕むあらゆる状態異常を治癒する回復魔法だ。


「キュアショット!」


これにより、ベンの【便秘状態】が解消され、再び猛烈な便意が彼に襲いかかった。


「はあぁああぁぁあんっっ!」


下腹部に稲妻が落ちたような衝撃が走り、ベンはお尻を押さえて吹っ飛んだ。

それは魔王の一撃など比ではないほどの威力。


(…漏れる!)


もはや正常な判断を失ったベンは、自らの聖剣の柄部分を肛門にグイッと押し込み、蓋をした。

あられもない姿だが、これでもう漏れることはない。

ふうっと一息ついたベンは、すぐさまアンナを怒鳴りつける。


「余計なことをするな!!」


怒られた理由がまるで分からず慌てふためくアンナ。


「えっ?えっ?回復しちゃダメだったんですか!?」


「…きっとベンは私達を巻き込まないよう、一人で決着をつけるつもりなんだわ。それに3対1はフェアじゃない。だからベンはあえて回復を許否して魔王と対等な立場を選んだ。そう、これは男と男の熱い決闘。私達が出しゃばっていい場面じゃないのよ」


「そ、そうだったんですね!わたしったら…」


「今はただ見守りましょう。ベンの勝利を願って」


勝手に都合の良い解釈をするリリー達を、ベンは死にそうな目で見つめる。

もはやこの瞬間だけは魔王よりもアンナに対する憎しみの方が上回っていた。


「フハハハ、無様だな勇者よ。そのまま地面に這いつくばって死ぬがいい!」


何もしていないのに調子に乗る魔王。

聖剣を尻に刺したベンの怒りの矛先が魔王に向いた。


「…笑っていられるのも今のうちだ、魔王。俺の持つ強大なパワーは今、このケツ一点に凝縮されている。その意味が分かるか?」


突如として、ベンの尻に刺さった聖剣がまばゆい光を放つ。

それは今まで見たことの無いほど強烈で、美しい光。


「一体何が起こってるというの!?」


目を細めながらリリーが光り輝く聖剣を見つめる。

一方アンナは何やらハッとした様子で呟いた。


「“主と心通いし時、聖剣は世界を光で包む“…。伝説は本当だったんだ…」


「どういうこと?」


「どうやら古文書によると、持ち主と聖剣の心が一つになった時、真の力を発揮できるらしいです。ベンは聖剣を自らの体内に受け入れることで剣と一心同体になった。つまりあれがきっと、今まで誰もなし得なかった究極形態!」


「この逆境でそんな力に目覚めるなんて、やっぱり彼は伝説の勇者…」


感動する二人の前で、ベンは魔王に向かってお尻を突き出し、聖剣の切っ先を向ける。


「…魔王、お前は俺にさっさとトイレの場所を伝えるべきだったんだ」


「よ、よせっ!!」


「くらえ、究極奥義!技名は…考えてる暇はねぇ!ケツ斬り!!!」


酷いネーミングセンスである。


「ぐわあああああ!!!」


ベンの一振りと共に周囲一帯が凄まじい光に包まれたかと思うと、攻撃をもろに受けた魔王が地面に倒れて勝敗は決した。


「ベンが勝った!」


抱き合って喜ぶリリーとアンナ。

しかしベンにとっての勝負はまだ終わってはいない。

溜まりに溜まった便が、今にも腸内で爆発しそうなのだ。

このままでは聖剣はコルクの蓋のように吹き飛び、肛門から大量の糞が溢れ出すだろう。


「おい、魔王死ぬな!トイレはどこだ!?」


瀕死の魔王の胸ぐらを掴み、ブンブンと強く揺さぶるベン。

魔王は最期の力を振り絞り、部屋の奥の扉を指差した。


「あっちだな!?」


ベンがすかさずそちらへ向かおうとしたその時。

突如として城がグラグラと揺れ始めたではないか。


「一体何なんですか〜!?」


「魔王を倒したから城が崩れ始めたのよ、常識でしょ!」


「………!」


アンナとリリーが慌てて来た道を戻ろうとする中、ただ一人ベンだけは一心不乱に部屋の奥へと走った。


「ベン!?」


リリーの制止に構いもせず勢いよく扉を開けると、そこは魔王の言った通り、本当にトイレだった。


(あった…!)


それは彼にとってどんな財宝よりも価値のあるもの。

夢にまで見た便器を目の前にし、ベンは扉を閉めて光の速度でパンツを下ろすと、ついに肛門の封印を解き放ったのだった。


「あああああああああああ!!!」


ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!


ベンの絶叫と、謎の音が城中に響き渡る。

扉越しにそれらを耳にしたリリーとアンナは、慌てて扉へと駆け寄った。


「ベン!一体何があったの!?」


「魔物の声みたいな凄い音が聴こえましたよ!もしかしてまだ他にもいるんですか!?」


「すぐ行くわ、ベン!」


「来るな!!」


扉に鍵をかけ、二人を拒絶するベン。


ブリュウウウウッ!


「ぬはぁっ!?」


苦しそうなベンの声と、謎の咆哮を聴いてリリー達は確信する。


「やっぱり恐ろしい魔物の声が聴こえるわ!」


「きっと裏ボスに違いありません!」


「ベン!私達も一緒に戦うからここを開けて!」


リリーがドンドンと扉を叩くと、向こう側から弱々しい声が返ってきた。


「…これは…俺の戦いだ。お前達は早く城から逃げろ…」


明らかにダメージを負って、今にも死にそうなベンの声。

きっと自分を犠牲にして恐ろしい魔物を足止めしてくれているのだとリリー達は思い込んでいるが、実際はただうんこをしているだけである。


「で、でもあなたを置いてはいけない!」


ブッ!ブリュリュッ!!


「はうんっ!!!」


歯を食いしばり、なんとか言葉を繋ぐベン。


「…大丈夫だ。俺もすぐに追いかけるから…」


「約束だよ?絶対帰ってきてね!」


「ああ…約束だ…」


「行きましょうリリー。ベンの覚悟を無駄にするわけにはいきません!」


扉の向こうでうんこをしているだけのベンに向かって、涙を流して別れを惜しむリリーとアンナ。

遠ざかる二人の足音を聞いて、これでようやく安心してトイレに集中できるとベンは安堵した。


だが不意に、嫌な予感が頭をよぎる。


(まさか…な…)


長年修羅場をかいくぐってきた勇者としての勘。

そしてそれは見事に的中してしまう。


「…紙が無い!?」


そう。

本来トイレットペーパーがあるはずの場所には、使い切った後の芯だけが置かれていたのだ。

右、左、上、下、どこを向いても予備のペーパーは見当たらない。


(そんな…、こんなのあんまりだ!俺はケツに糞をつけたまま惨めに死ぬのか!?)


こうしている間にも着実に城の崩壊は進んでいく。

ガラガラと天井が崩れ、トイレの壁が壊れた。

これではパンツを下ろしたベンの痴態が丸見えだが、既に誰もいないので気にする必要もない。

いや。

壁の向こうから、何者かがこちらに歩いてくるではないか。


「お前は…!」


それはここに来る道中の戦闘で見逃した、包帯ミイラ男であった。

「ウー、ウー」と不気味な鳴き声を上げながら、ゆっくりと近づいて来る。


「な…、魔王の仇を討ちに来たのか!?」


相手は普段であれば余裕で倒せるような雑魚モンスター。

だが今は状況が違う。

尻を拭けないせいでパンツを履くことができず、便器から立ち上がることすらできないのだ。

しかも聖剣はさっきがむしゃらに抜いた拍子に遠くの方に落ちてしまい手が届かない。

つまり今のベンは武器どころかパンツすら装備できない一般市民以下の存在に成り果てていた。


「ウー、ウー」


「くっ、殺せ…!」


もはや為す術が無く、腹をくくったベンは死を覚悟して目を閉じる。

しかしどうしたことか、ミイラ男はいつまで経っても攻撃をしてこず、何故かずっと動きを止めている。


「…?」


恐る恐る片目を開けて様子を窺うと、ミイラ男がたどたどしく語りかけてきた。


「…アノ時、見逃シテクレタ。ダカラ、オマエ助ケル…」


「え?助けるって…」


一体どういうことなのか。

すると戸惑うベンに向かって、ミイラ男は自らに巻き付く包帯の一部を差し出してきたではないか。


「まさかお前…この包帯でお尻を拭かせてくれるっていうのか?」


コクリと頷くミイラ男。

途端にベンの目から涙が溢れた。

まさか魔物から優しさを受け取る日が来るなどと思ってもみなかったからだ。


「ありがとう…!本当にありがとう…!」


これまで魔物は危険な存在だと決めつけて討伐してきたが、もしかすると人類と魔族は分かり合えるのかもしれない。

戦わずに共存できるのかもしれない。

そう思うと涙が止まらなかった。

泣きながら尻を拭き終えたベンは清々しい顔で立ち上がってパンツを履くと、ミイラ男に向かって手を差し伸べた。


「さあ、俺と一緒にここから出よう」


「モウ間ニ合ワナイ…。一人デ逃ゲロ…」


既に城は半分以上崩れており、ミイラ男の歩く速度ではこの塔のてっぺんから出口まで到底間に合わないだろう。

だがベンは数多の逆境を乗り越えてきた伝説の勇者。

まだ諦めてはいなかった。


「いや、間に合うさ。その全身の包帯をロープ代わりにして窓から飛び降りるんだ。その長さならきっと地上すれすれまで届くはずだ」


「ナルホド…。デモ、ソレハデキナイ…」


「なぜだ?」


「裸ニナルノ恥ズカシイ…」


「そこは我慢しろよ!俺なんてうんこしてるとこ見られたんだからな」


問答無用でミイラ男の手を引き、窓へ向かうベン。


「おっと、忘れるところだった」


その際に倒れている魔王も抱え上げ、一緒に連れて行く。


「…我を…助けてくれるのか?」


「俺達はただお互いをちゃんと知らなかっただけで、共に生きることもできるはずだ」


それに…とベンは続ける。


「ちゃんとトイレの場所を教えてくれた恩もあるしな…」


どこか照れくさそうにそう言った。


「それじゃあ行くぞ!」


ベンは包帯を便器にくくり付けると、そのままミイラ男と魔王を抱えて窓から飛び降りた。

落下に伴ってミイラ男の全身を包む包帯が凄まじい勢いでシュルシュルとほどけていく。


「…あれは!?」


「ベンです!!」


すでに城の外に脱出していたリリーとアンナが地上からベンの存在に気付いて歓喜の声を上げる。

計算通り、包帯は地面すれすれでグッとその身体を押し止め、ベンは二人の前で華麗な着地を決めた。

…かに思われたが、そう都合よくはいかない。

次の瞬間、3人分の体重を支えきれなかった便器が根元からポッキリと折れ、窓からベンの顔めがけて降ってきたのだ。


「…へ?」


べシャッ!


先程肛門から捻り出した大量の糞が、ベンの顔面に舞い戻る。

感動の再会が台無しである。

顔面糞まみれになったベンを見て、その場の全員言葉を失った。


「くっ……」


ぶるぶると震えるベン。

だがその後の彼の反応は、誰もが予想しなかったものだった。


「あっはっはっは!」


ベンは笑っていた。

何の恥ずかしげもなく、豪快に。


「…あんなに頑張ったのに、最後の最後でカッコ悪いところ見せちまったな。でも、皆が無事で良かったよ」


糞にまみれて笑うベンを、どこからともなく現れた全裸の美少女が抱きしめてくる。


「オマエ、カッコ悪クナイ…」


「ありがとう…って誰だお前っ!?」


「素顔見ラレテ、恥ズカシイ…」


「その喋り方…、まさかミイラ男か!?」


なんと、今までずっと包帯グルグル巻きのミイラ男だと思っていた魔物の正体は、角の生えた美少女モンスターだったのだ。


「俺はこんな美少女にあんな姿を見られたのか…」


隣から魔王がポンとベンの肩に手を置く。


「娘もお前を気に入ってるようだ。良かったら結婚してやってくれないか?」


「しかも魔王の娘だった!?」


最後の最後でとんでもない展開である。


「ベンと結婚するのは私よ!」


「わたしも立候補します〜!」


リリーとアンナも我先にと駆け寄ってくる。


こうして、糞まみれの勇者ベンによって世界は救われた。

だがこのハッピーエンドが便意の我慢からもたらされたという事実はあまりに恥ずかしかったため語り継がれることなく、ベンはひっそりと肛門の奥にしまいこんだのだった。


「心の奥だよ!」


心の奥にしまいこんだのだった。






おわり

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