第62話 致命的失敗


「1バディが職員室制圧完了、目の前にいるヤツの相棒が生徒会室も制圧完了で、お前たちはもう終わりだという意味で、勝利宣言の咆哮をしあったんじゃないか?」

 岡部はあやふやな口調で言う。


「つまり、赤羽ももう詰んだ、と?」

「そんなことより、今は眼の前っ!

 集中っ!」

 バリケードの上からふわりと飛び降りた宮原が、制服のスカートの裾を整えながら僕たちを叱った。1本だけだけど、矢を持ち帰っている。

 そうだ、そうだった。


 さあ、なんで止まっている?

 もっとこっちに踏み込んで来い。

 僕は不安と恐怖でじりじり胸の内を灼かれながら、蒼貂熊アオクズリが動くのを待った。だけど、こいつ、動かないぞ。鼻に3本の矢が刺さって慎重になっているのか?

 こちらの武器はきわめて心細い状況だ。だけど、電気トラップは有効なはずなんだから。

 それとも……。もう電気トラップを学習して、こちらに来ないってのはありうるだろうか?

 


「窓の下の蒼貂熊が動いた!」

 おお、どうするつもりだ?

「生徒会本部室に向って、非常階段の踊り場を登りだしたぞ」

「そうかっ、あの個体のバディは、屋上まで登ってたからな」

「ああっ、赤羽が!」

「なんで、ベランダに出てきたんだっ!」

 なんだと?


 赤羽の危機に気を揉みながらも、僕は眼の前の蒼貂熊から目が離せない。相変わらず、こいつは動かない。これはもう確実だ。電気トラップに対して理解はしていなくても、深い猜疑心は抱いているってことなのだろう。ということは、次の行動が怖い。


 だけど、僕の背ではいろいろな声が飛び交っている。

「廊下側から攻められて、ベランダ経由で非常階段から逃げる気か?」

「絶対無理だっ。あの馬鹿、自殺行為にも程がある!」

 間をおいて、後ろから複数の息を呑む気配がした。


「……あの馬鹿、立ちつくしているぞ。非常階段の回り廊下なら壁に囲まれて、蒼貂熊の手が届かないから安全と踏んでいたんだ」

「1階、2階はあるからって、3階にもあると思いこんだな!」

「赤羽はさっき保健室に行って、1階の回り廊下と壁を見て安心しちまったんだ……」

「……うわっ!」

 ……ああ、まさか?


「……うわぁ!」

「もう見るな!

 見世物じゃないぞ。見たら後悔するぞ!」

「……ああ、一生うなされそうだ」

 ああ、赤羽。お前、終わったのか……。


 そうか、家庭科室からなかなか出てこなかったのは、生徒会本部室まで行くか行かないかで揉めてたからなんだな。宮原と北本は一目散にこちらに逃げた。なのに赤羽は、非常階段の回り廊下が保険になると思って無茶な賭けをしたんだ。


 生徒が普段、非常階段を使うことはない。そもそも出られても入れないんだから、使いにくいこと夥しい。だから、おぼろげな記憶で赤羽は行動に移してしまった。

 で……、蒼貂熊が生徒会本部室の前の廊下にいた1頭だけだったなら、回り回廊の壁がなくても、さらに非常口を塞がれても、2階の回り回廊まで非常階段を駆け下りられたかもしれない。赤羽の勝算はたしかにあったと思う。だけど、2頭に挟み撃ちされたから逃げ場がなくなって……。


 僕も失敗をした。

 保健室に矢を射込めると思っていた。でも実際は、来客用玄関の手すりが邪魔して見通すことができなかった。だけどその間違いは、宮原がリカバリしてくれた。赤羽は、突っ走りすぎた。だから、だれもリカバリできなかったんだ……。



あとがき

第63話 観察と考察

に続きます。

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