第61話 再度の命中
北本と宮原が必死でバリケードを登り、長尾が手を伸ばして北本の持つバッグを掴む。そしてそれを後ろ、バリケードの中にそっと放る。待ち構えていた他の男子がそれをキャッチし、地面にそっと置く。ガラス瓶が入っている前提の、きわめて優しい扱いだ。
長尾は北本の手を取ると、一気にバリケード内に引きずり込んだ。
そこで、蒼貂熊の死体が一気に引っ張られ、廊下から引き抜かれた。宮原はまだ、北本が引き抜かれたバリケードの隙間まで1mは登らないといけない位置だ。
「流すな、電気!」
僕はそう叫ぶ。「電気を流すな!」と言うと、「電気」と言った瞬間にプラグがコンセントに差し込まれるかもしれない。だから、倒置して言ったんだ。
僕は弓を打ち起こし、一気に引いた。ベルトで締め付けているにも関わらず、折れた肋骨の痛みで僕の右手はぶるぶると震えた。
どうせこの矢は咥え取られるか掴み取られる。だけど、コンマ数秒でも稼げれば、それで宮原が助かるかもしれないんだ。
僕はそれに賭ける。
再び、蒼貂熊が姿を現した。
その鼻の頭には、宮原の射たであろう矢が2本、深々と刺さっている。マジで宮原、矢を当てられたんだ。すごいな。
平らな蒼貂熊の目から、その表情は窺えない。だけど、平常心であるわけがない。って、そもそも蒼貂熊に心があるかなんてことすらわからないんだけどね。
宮原はもがくようにバリケードを登り、北本が通り抜けた隙間にようやくたどり着く。長尾が宮原を引っ張り込むために手を伸ばす。
「待って!」
宮原の声が降ってくるけど、僕の視線は姿を現した蒼貂熊を狙うのに付きっきりで、その声の主を見上げることはできない。だけど、想像はつく。きっと戦いの女神の凛々しさで、蒼貂熊を睨み据えているに違いない。
さらに声が降ってくる。
「並榎っ!
私の合図で射て!」
「応っ!」
僕は短く返す。というより、肋骨が折れたまま会の姿勢をとる辛さ、掛け声ぐらいならまだしも、話すなんて無理。息をすること自体が辛いんだ。
だけど、待つ時間は短かった。
「今っ!」
宮原の声に矢を放つ。
僕の矢は、宮原がバリケード上から投げたなにかを追い越して飛んだ。そして、蒼貂熊の鼻先に深々と刺さった。だけど、宮原が投げた……、矢だ、あれは。その矢は、蒼貂熊に握り取られていた。
蒼貂熊の咆哮が響き、宮原は振り返りもせずにバリケードの隙間に身を滑り込ませた。
「電気、今っ!」
僕は叫ぶ。
「赤羽は、生徒会本部室に行くからと残った!」
今になって、宮原は鴻巣の問いに答える。今までそんな間はなかったからな。
で、赤羽、マジか?
……と思う間もあらばこそ。蒼貂熊の咆哮に応えるかのように、もう3つの咆哮が近く遠くに響いた。つまり最低でもあと4頭は倒さないと、学校から出られないということか。いや、窓の下のからは声がしてないから、それを足せば5頭だ。
これ、鴻巣の読みが正しかったってことか?
「妙だな?」
そう呟いたのは岡部だ。
「なにが?」
そう聞き返しながら、僕もその疑問に気がついてしまっていた。
「低音域で会話しているのなら、咆哮し合う意味がない。現に今までだって、そういうことはなかった。今さらなんの意味だろう?」
「そうだな。こちらにわかりやすいように『脅す』という意味が強かったんだよな。それが重なるって……」
あ、ああっ、もしかして……。
あとがき
第62話 致命的失敗
に続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます