第58話 後生だから……
ひょっとして、と僕は思う。
本当は北本は、このままだと僕たちが自壊することをわかっていて、それを防ぐ目的で赤羽の提案を利用しているんじゃないか?
「そうだな。ベランダ側は、そもそも
行田がそう声を上げ、坂本に視線を飛ばす。
坂本は「押忍っ」とつぶやいて、ベランダに出るアルミサッシの開き戸の下の、嵌殺しのアルミ板にローの回し蹴りを柔らかくぶちこんだ。アルミ板は大きな音も立てず曲がり、開き戸から外れてぶら下がった。
行田がそれを毟るように外し、これで、開き戸の開閉なしに、ベランダに出られるようになった。これで、校庭側からはまったく見えずに出入りできるってことだ。
行田と他の物理部の男子数人が、サッシに開いた大穴から匍匐前進でベランダに出て、バリケードになっている机と格闘する。
で、彼らは今日一日で、机のバリケードに対して経験値を稼いでいた。そのおかげもあって無理な体勢の中でもほどなく通路は完成し、宮原の弓も問題なく通れるようになった。
それを見た宮原は僕の顔を窺って、ちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「矢、残り8本。そのうちの4本を持って行くね」
「6本にしなよ。どうせ僕が射ても当たらない。当てる方法を思いついているのなら、その確認のためにも本数があった方がいい」
僕の言葉に、存外素直に宮原はうなずいて、甲矢、乙矢3対で6本の矢を掴んだ。
「じゃ、行ってきます」
北本はそう言って、顔の前でひらひらと手を振った。そのまま屈んでベランダに出ようとするのを、さすがに赤羽が止めた。
「俺が先に行く」
「あ、そ。じゃ、お願い」
北本の軽い返事に、赤羽は戸惑いながらアルミサッシの開き戸の下に潜り込む。
「ま、一応はその次が私ということで」
宮原がそう言って、弓とともに屈み込んだ。
「待って」もなにも、言葉を掛ける間もない。あまりに潔すぎる。北本もすぐその後を追った。
あっという間に3人がいなくなって、早ければ10分ほどで戻るはずなのに、僕は果てしない不安に襲われていた。
僕は、空手部の坂本の横に立って、ひそひそと話しかけた。
「坂本。空手部は試合での負傷とかあるんだろ?
いても立ってもいられずに、でも僕、無茶を言っている自覚はあった。
「バストバンドってので押さえる方法はあるって聞いたけど、部活の空手は寸止めルールだ。肋骨を折るような事故は、俺も体験したことがない。フルコンタクト系だって、骨折って事故はあるだろうけど、それでも試合続行なんて無茶はしない」
「いや、そのバストバンドってのがあるって情報だけでありがたい」
「無茶するな。医師の診断もなしで、骨折部位にサポーターつけるだなんて……。
まして肋骨なんだから、肺とか傷つけたら死ぬぞ」
そう言いながら、坂本の表情は深刻で憂鬱そうなものになっていた。
「今つけるなんて言わねぇよ。でも、死ぬとなったら好きなやつの前で蒼貂熊に立ち塞がって、戦って死にたい。そのときに痛い痛いなんて泣き言言いたくはないし、身体が動かないなんてのも嫌だ。バストバンドで締め上げたら肺を傷つけて死ぬかもしれないけど、10分、いや5分だけ動ければそれでいいんだ」
僕の言葉に、坂本は目をつぶって頷いた。
あとがき
第59話 介錯
に続きます。
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