第57話 宮原と北本


 僕は、必死で言葉を紡いだ。北本を死なせたくない一心からだ。

「いいや、北本がいなかったら、中島への薬も手に入れられなかった。蒼貂熊アオクズリに砲丸も当てられなかった。上原だって墜落死していた。それどころか、ゆかりが蒼貂熊にとって毒というのも、そもそも北本のおかげでわかったんじゃないか」

「ありがとう、並榎くん。

 そう言ってもらえて嬉しい。でも、私は行く。無事を祈っていて」

 なんでそうなる?

 北本の考えていることが、僕にはわからない。


「じゃあ、護衛は私しかいないわね」

 宮原の言葉に、僕は眼の前が真っ暗になって膝が消え去るほどの驚きを感じていた。

 北本以上に、宮原の考えていることがわからなかったんだ。


「ダメだ。宮原が行くくらいなら……」

「今さらダメだよ、並榎くん。そもそも今の君は走れないし、肋骨折れてんでしょ。顔色、とても悪いよ。骨折しているなら、これからどんどん腫れて痛くなるんだからね。熱だって出てくるかもしれないし、ついて来られても護衛どころかただ単に足手まといだよ」

 北本の言葉に僕、頭から股間まで、ずばんと斬られて真っ二つにされたような気分になった。僕は……、この僕が足手まといなのか……。

 周囲の視線が痛い。それに、女子から憐れまれるのがこんなに辛いだなんて……。


「私はね、並榎くんの言っていることの方が正しいと思う。だけど、北本さんが行くなら、私が並榎くんの代わりに役割を果たす。

 他の男子も聞いて。運動部のエース級はほとんど負傷してしまった。だけど、残った男子は、全力で他の子たちを守ってあげて、守り合って欲しいの。もう、他の子を守れる人は少ないんだから」

 弓と上原の矢を持って、すっくと立った宮原がそう言う。




「蒼貂熊に、もう矢は通用しないんだぞ」

 驚きながら、それでも今の自分の情けなさに「行くな」とも口に出せず、ただ懇願するような僕の言葉に、宮原は笑って見せた。


「大丈夫。蒼貂熊に矢を当てる方法がわかったから」

 なんだと?

「……どうやって?」

「私の考えが正しかったら、戻ってきて教えてあげる。今は正しいかもわからないしね」

 ……一体全体、どういうことだよ!?


「それより並榎くん。井野くんも残ってくれるらしいから、痛み止め飲んで2人で作戦を考えて蒼貂熊に勝って。岡部くんや行田くんもいるし、細野くんだっている。だから、ホモ・サピエンスとして、蒼貂熊なんかに負けんじゃないわよ!」

「そーよ。運動部のエース級もまだ何人かいるんだからね。適材適所で戦えば、蒼貂熊なんかに負けないんだから」

 やめてくれよ、2人とも。その遺言みたいな言い方はさ。

 それに宮原、また「くん」付けに逆戻りかよ。それもやめてくれよな。


「じゃあ、ほら赤羽、行くよ。さっさと動く」

 北本の急転直下に、赤羽は少し慌てたように見えた。

「バリケードを越えて、感電死した蒼貂熊を越えていくんでしょ。ほら、さっさと行く」

 宮原にそう追撃されて、赤羽はもごもごと反論した。


「バリケードを上から乗り越えたら、下にいる蒼貂熊から丸見えだ。

 気が付かれないようにバリケード下に隙間を作らないとだけど、頑丈にできているから少し時間が……」

「すぐに行きたいって感じだったのに、そんなことも考えてなかったの?

 いいわ、なら、ベランダ側から回り込む。そっちのバリケードはこっちほど頑丈じゃない」

「そうよ、弓だって持っていかなきゃなんだし、ぎりぎりのサイズの隙間じゃ役に立たない」

 ……女子2人、揃って容赦がないな。




あとがき

第58話 後生だから……

に続きます。


すっくと立った宮原の挿絵をいただきました。

花月夜れん@kagetuya_renさまからです。感謝です。


https://kakuyomu.jp/users/komirin/news/16818093089415505077

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