第55話 内紛


 僕の疑念とは裏腹に、鴻巣はびしっと窓下を指さして付け加えた。

「あれを見ろ。五十部の功績だ。

 屋上から落ちて死んだ蒼貂熊アオクズリは、あんなに腕が膨らみ、変色している。あれがなかったら、着地に成功していたかもしれない。

 つまり、我々には家庭科室のゆかりが必要なんだ。それと、家庭科室から使えそうなもの一式がな」

「……そうか」

 僕、他に言いようがない。


 鴻巣の言っていることが正しいとは思えない。ゆかりを取ってきたって、どう使うのかの案はない。注射器はもうないし、たとえあったとしても、よほどに良い使い方を考えられない限り、それが効き目を示す前に僕たちは全員が殺されてしまう。

 岡部の「毒の正確な効果がわかっていない以上、効いて殺せるなんて思い込んで楽観的に動くと殺されるぞ」って指摘は、僕からしたら完全に正しいんだ。


「どうせバリケード外に出るなら、家庭科室以外にもなにか使えそうなものはあるか?

 なんでも、持ってこられそうなものは持ってこよう」

 ……赤羽、お前、調子に乗りすぎだ。一つ一つの行動に、自分の生命がかかっていることをわかっているのか?

 お使いのついでみたいなノリじゃ困るんだぞ。


「生徒会本部に行けば、電源の延長ドラムがいくつもある。ギターの弦に頼らなくても、蒼貂熊を感電させられる。それに、モップのアルミの柄に結べば、木刀以上の威力になる。それに大工道具一式もある」

 鴻巣、そんなこと言いだしたら作戦の成功率がぐいぐい落ちるんだけど。ゆかりの袋を抱いて匍匐前進しても音は立たない。だけど、電源のドラムは床に置くだけで音が立つ。

 耳はないといいながら、蒼貂熊は全身が耳みたいに鋭いんだぞ。


 僕はここで耐えきれなくなって、話に乗っている全員に向かって言った。

「荷物が増えるようなら、この話はなしにしてもらいたい。ゆかりだけならともかく、生徒会本部室まで行くとなれば距離は倍近い。つまり、いざというときに逃げ込むための距離も倍だ。まして、蒼貂熊のいる職員室と家庭科室、隔てているものは階段しかないし、蒼貂熊の運動能力からして階段は障害にならない。

 はっきり言う。

 リスク管理ができていない計画は、幻想だけで一利もない」

「並榎、お前は間藤にこのまま死ねというのか?」

 ……ダメだ、こいつは。

 論理が頭の中から吹っ飛んじまっている。「行く」という結論のために、論理の方を合わせようとしていやがる。


「赤羽、僕はそんなことは一言も言っていない。だけど、間藤が話せたとして、自分の怪我のために、ここにいる僕たち全員が命を掛けることに賛成すると思うか?」

 ……赤羽の顔色がすうっと白くなった。そして次の瞬間真っ赤になると、僕に襲いかかってきて、僕の首をぐいぐいと締め上げた。


 普段なら、僕も反撃ができた。だけど、2つのことがそれを封じた。

 人間同士の争いを、こちらを窺っている蒼貂熊に聞かせたくない。

 それから、僕の肋骨はやはり折れている。激痛は増すばかりだ。赤羽と掴み合いになったら、ただでさえ動かない身体にダメージが増えて、さらに動かなくなるだけだ。


 されるがままに首を絞められて、眼の前に大量の星がちかちかしだし、僕の顔が止まった血流で膨らみ、耳鳴りががんがんとしだしたところで、宮原が赤羽に体当たりをして僕は救われた。

「やめてよっ!

 並榎くんが負傷していることもわからないの?」

 宮原の声を無視し、赤羽は僕の前に仁王立ちになった。

「並榎っ!

 お前は、ここにいるみんなを救うための行動ができないと言うのかっ?」

 ……赤羽、お前な、人を殺しかけた挙げ句に、ふんぞりかえるなよ。それにな、僕はお前と違って、いつだって最前線にいたぞ。



あとがき

第56話 志願

に続きます。

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