第53話 職員室崩壊


 井野が続ける。

「まぁ、兵法三十六計なんて言い出すなら、さっきの並榎の作戦もそのうちの苦肉計ってやつだな。自分たちを倒すために、人間が自らを危険にさらすとは蒼貂熊アオクズリは思っていなかった。だから、あの作戦に引きずり込まれた」

「……なるほど」

 井野の説明に、鴻巣はなぜか再び悩みだしているように見えた。


 僕の怪訝そうな視線に気がついたのか、鴻巣は考えていることを口にした。

「となると、だ。

 今あそこでこちらを窺っている蒼貂熊、仲間を呼んでいるんじゃないか?

 その呼び声は俺たちには聞こえないんだろ?」

「それにしちゃ後続がなかなかこないな」

 僕の指摘に、鴻巣は腕を組んだ。


「そうは言っても、あのなわばり意識の強さだ。蒼貂熊同士の話し合いが上手く進むとは思えない」

「それとも、なんか別の狙いが……」

 鴻巣の言葉に行田がそう言うけど、井野は首を横に振った。そして、悩みながら話す。


「ううーー、全体を指揮している蒼貂熊がいるとしたら、結果的にコレ、戦力の逐次投入だとわかっているはずなんだよな。今までの行動見ていてだけど、蒼貂熊は賢い。どこかで本能と勝つための作戦のすり合わせをしてくるはずだ。それが行田の言う『別の狙い』ってことになるのだろうけど……」

 なるほど。

 まぁ、なるほどと同意はできるけど、具体的にどういう手で出てくるか、僕にはちょっと考えただけではわからない。


「そもそもだけど蒼貂熊にとって、『勝つ』ってのは、腹を満たすことなのか?」

 行田の問いに、僕はさっき頭をよぎった疑問を投げかけようと決めた。「蒼貂熊が『ケダモノ』だという判断、これは本当に正しいんだろうか?」ということだ。もしもこの仮定が間違っていたら、とんでもないことになる。

 それに結局、戦いとは論理だ。蒼貂熊がどこから来たのかわからない異次元の性能の生き物だとしても、そこは変わらない。となれば、相手を「ケダモノ」として、その知力を僕たちより下に見るのは危険過ぎる思い込みになってしまう。


「僕も疑問が……」

 と言いかけたところで、凄まじい音と共に複数の悲鳴が響いた。


「どうしたっ!?」

 僕の声に、誰かが焦った口調で答えた。

「職員室の方から、っ……」

 ああ、その先は言いたくないんだな。


 なにが起きたのか、言われなくてもわかる。

 職員室のバリケードが突破された。そして、考えたくもないけど先生の誰かが……。そろそろ3時間になろうとする籠城で、ついに犠牲者がでてしまった。

 鴻巣が必死でスマホの画面に指を走らせるけど、この土壇場で返答は来るのか?


「職員室、助けに行こうっ!」

「ダメだ。下でこちらを見張っている蒼貂熊がいる。下手に動いたら、すぐにも襲ってくるぞ」

「くそっ、あそこでこっちを睨んでいたのは、そういう意味かよっ!?」

「全員で教室の椅子で殴りかかれば、なんとかなるんじゃないか?」

「そうだ。今までだって倒せてきているじゃないか。きっとやれるっ!」

 口々にみんなが叫び出している。


 ……お前ら、俺たちの苦労を見ていたんじゃないのかよ?

 そんな楽に倒せていたか?

 最前線の僕たちは、ようやく紙一重で生命を拾ってきたんだぞ!


 ここで僕、怒りのあまり声を上げていた。

「黙れっ!

 ここは最前線で、蒼貂熊に見られていることを忘れるな!

 動揺を見せるな!」

 くっ、大声を出すんじゃなかった。脇腹の激痛は、一気に耐えられないほどのものになっていた。



あとがき

第54話 偵察

に続きます。

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