第47話 空中懸架


 僕は作戦を説明する。きっと案の改良はみんながしてくれる。

「まずは……。

 最初に廊下側の窓を一か所外し、そこから教壇を突き出す。みんなは、その教壇が落ちないよう、しっかり支えてくれ。僕はその上に乗って、ぎりぎりのふちまで歩く」

 みんな、なにも言わず僕の言葉を聞いている。


「教壇のセットには必ず音が立つだろう。重いからな。それに、窓の外に出た僕のにおいもある。蒼貂熊は必ず気がついて見下ろしてくる。僕はその蒼貂熊に矢を射かける。蒼貂熊は、その矢を確実に躱すだろう。そして、躱すと同時に、僕を与し易い餌として飛びかかるだろう」

「そこまで蒼貂熊は、馬鹿じゃないんじゃないか?

 飛びかかってくるにせよ、廊下の窓に足だか腕だかを掛けられる体勢で降りてくることは間違いないと思う」

「普通ならそのとおりだ、岡部」

 僕はそう岡部の指摘を認める。

「だけど、ここで2つ、この作戦の要諦がある」

 僕はそう説明を続けた。


「窓から突き出した教壇、そしてその上に立つ僕、屋上から初見の蒼貂熊にとって、この空中に突き出した廊下は不安定なものとして視界に映るだろうか?

 屋上にいる自分を攻撃するための既存の仕組みとして、受け入れるんじゃないだろうか?

 そこに人間が立っているんだから。それに、バリケードという仕組みをすでに見ているしな。

 その人間が落ちる前提でそこにいるとまで考えないだろうし、そうなれば教壇を安全な廊下として認識して、ここに乗ればいいとは思わないだろうか?」

「……落ちるつもりなの?」

 不安そうに宮原が聞く。

「最後まで聞いてくれ。で、もう1つの要点だ」

 僕は、あえて宮原の不安を無視して続ける。


「蒼貂熊の目の向きだ。蒼貂熊の3対の目は、基本的に前に向いている。

 僕を襲うとき、蒼貂熊の目は僕との距離を掴むために立体視するはずだ。つまり、視野狭窄が起きる」

 そう、狙うって行為は、的以外のものを視界から削ぎ落とす行為でもあるんだ。それができるように、僕たちは練習するんだけどね。元々が獲物を襲う蒼貂熊の目は、その機能がより洗練されているはずだ。


「つまり、屋上から並榎を襲う蒼貂熊の目には、教壇の不安定さが見えにくくなっている、と?」

 岡部の問いは、まだ疑わしそうだ。

「そうだ。その上で、だけど……。蒼貂熊の3対の目は、それでも視野が広いだろう。だから僕は、襲ってくる蒼貂熊から逃げるのに、教卓から廊下へは戻らない。空中に向けて跳ぶ。これで、蒼貂熊の目はさらに誘導されて、窓枠に掴まれなくなる。だから、僕が飛んで、蒼貂熊が教壇に着地しようとしたところで、その教壇はそのまま落としてくれ。

 そこまで来たら、いかに6つ目をもって僕の狙いを全て見抜いたとしても、真逆の方向の2つの目標だ。二兎追う者は一兎も得ず。目は3対あっても脳は1つだ。情報の処理はしきれなくて、今さら窓枠に爪を掛けることはできないだろう」

「……となると、ベルトを集めるってのは並榎の命綱か?」

 これは、鴻巣の問いだ。


「さすがに死にたくはないからな。それと、先端に僕が立った教壇は、天秤の法則で恐ろしく重くなるはずだ。それを支えるロープ代わりにもなるだろう」

 しーんとした。

 誰もなにも言わない。


「急いでいるんだろ?

 すぐにベルトを集めてくれ。そして、教壇を」

 苛立って、僕はそう口にする。だけど……。

「その作戦には、1つ問題があります」

「それはなんだ、上原?」

 よりによって1年生の上原の異議に、少なからず僕は驚いて聞いた。



あとがき

第48話 口を出す権利

に続きます。

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