第46話 1年生には……


 だけど、そこで逆に岡部が弱音を吐いた。

「しっかしな、問題はどうやって、だ。蒼貂熊アオクズリは賢い。屋上はフェンスもあるし、怒りに任せてそれを乗り越えて落ちるまで判断を失うとは思えない」

「岡部、疑問はいいけど、その主語は間違っているな。に、蒼貂熊を落とせるまでの方法を思いつけるだろうか? だ」

 鴻巣の指摘はおもしろい。


 岡部は、無意識に主語が蒼貂熊になっちゃっているんだな。だけど、作戦を考え、罠に掛ける主体は僕たちの方だ。それを鴻巣は指摘したんだ。

 そうだ、ネコの首に鈴をつけることだって、ネズミたちが諦めずに考え続ければできたかもしれないんだからな。


「足を踏み外すとかで落とすなら、目つぶしができれば一番いいけど、6つともってのは絶対ムリ」

 宮原の言葉に、僕も同意する。

「狭い廊下でバリケードで足止めさせられたらこそ、武器が通用した。屋上の広さがあったら、銃でもなきゃすべて避けられて通用しないぞ。矢なんか、射るそばからことごとく掴み取られているんだからな」

 鴻巣も岡部も僕の言葉に天を仰いだ。意気込みほどの良い案はないらしい。


「並榎先輩!」

 そこで僕、声を掛けられた。

「なんだ?

 ああ、上原か」

 弓道部の後輩の上原が話しかけてきていた。その後ろには1年生が群れをなしている。ロッカーと黒板で窓を塞いだから、暗くて不安になったのかもしれない。


 だけど、僕の予想に反し、上原はまなじりを決して僕たちに話し出した。

「先輩、1年生も戦います。俺たちは、守られて、守られているだけで生きて帰る資格を満たせるとは思いません。俺たちにもできることはあるはずです。

 なんでもします。みんなで生きて帰りたいんです」

 ……ありがたい。ありがたいけど3年生は力不足と言われたようで情けない。それに、誰も死なせずに済ませたいのだから、1年生は最前線に出すわけには行かない。

 僕の頭の中では、そんなことがぐるぐると回った。


「人数がいれば戦える相手というわけじゃない。もう、武器がほとんどない。援軍の来ない籠城策自体が、本来破綻しているものなんだ」

 ……鴻巣、1年生相手に、正直なのはいいけどきつい言い方だな。とはいえ、ありもしない希望を見せても仕方がないってのもわかる。


 だけど、上原はめげない。

「僕も持ち歩いている矢がありますから……」

「上原、残念だが、矢が数本増えても事態はなにも変わらない。蒼貂熊はそれだけ強いし、今までは幸運に恵まれてきたけど、それももうほとんど使い果たしたと俺は思っているよ」

 正直すぎるよ、鴻巣。聞いている1年生が絶望して暴走したらどうするんだ?


 僕は、篭原先生の安全だけでなく、1年生と上原の心まで救いたいと必死で考えた。

 で……。


「男子生徒のベルトを集められるかな?」

 僕の質問に、全員の表情がいきなり明るくなった。ダメだ、期待しないでくれ。悪甘い臭いはしているし、脇腹は痛いし、考えがまとまらない。だからコレ、決していい案じゃない。


「それと、教卓を一段上げる下の台、教壇はもう3つとも使っちゃったか?」

 続いての僕の質問に、いつの間にか近くに来ていた坂本が答える。

「使っちまった。だけど、必要なら他の机とかで置き換えて、持ってくること自体はできるだろう」

「……じゃあ、1つ確保してもらえれば作戦は実行はできるけど」

「時間がない。並榎、早く説明してくれ。保健室のことを思うと気が気じゃない」

「……わかった」

 そう応えて、僕は作戦の説明を始めた。


「まず、真っ先に言っておくことがある。この作戦の実行役は僕だ」

「それで?」

 平然と鴻巣は返してきた。



あとがき

第47話 空中懸架

に続きます。

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