第48話 口を出す権利


「先輩に端に立たれた教壇はとても重くなりますよね。ただでさえ大柄な先輩だと、支えきれないかもしれません。俺の理解が正しければ、少なくとも蒼貂熊が襲うまで、その教壇は小揺るぎも許されないはずです。

 となると、教壇の端に立つのは先輩より20kgは軽い俺の仕事です」

「背の伸び切っていないお前には任せられない」

 僕は、上原の異議をそう斬って捨てた。

 冗談じゃない。後輩を死地に送れるもんか。


「いや、上原。中学から弓道部にいたとはいえ、お前の腕では蒼貂熊への攻撃が甘すぎて疑念を抱かれるかもしれない。私が行く。それに、オスよりもメスの方が肉は美味い。私の方が囮として優秀だ。おまけに宙に向けて飛んだとき、ベルトをつなぎ合わせた頼りない命綱で体重を支えることになるんだ。上原よりさらに10kg軽い私がいい。並榎も上原も無理だ」

「いいえ、宮原先輩。男でも歳の若い僕の方が美味しいはずです。誘惑するのは蒼貂熊の食欲です。ある程度は量も必要です」

「私をオバサン扱いする気?

 上原、アンタ、懲戒退部させるからね!」

「宮原先輩こそ、3年生はもう引退ですよ。いつまでもでかい顔しないでくださいっ」

「もういいっ!」

 と、宮原と上原の言い合いを強制終了させたのは鴻巣だった。


「上原、お前、死ぬぞ。支えもなく、手すりもない高いところで矢を射るなんて、本当にできるのか?」

 そう聞いたのは鴻巣だ。

「できます」

「即答したな。恐怖というのがどういうものか、わかっているのか?

 行ってから身体が動かなかったじゃ済まないんだぞ」

「わかっています。高いところは苦手です。苦手だけど、苦手だからこそ、高いところにいる間は蒼貂熊が怖くないです」

「……なるほど。では、上原、お前が行け」

「ちょっと、待てっ!」

 僕は、鴻巣を止める。


「僕が行くと最初に宣言したはずだ。1年生は行かせられない」

「並榎、お前には無理だ。さっきから、ふらふらと身体が揺れている自覚がないのか?

 おそらくは全身を打ったショックだ。

 そんな奴が、この作戦を実行できるはずがない。矢を射るより先に転落するのが関の山だ」

「だから、私が……」

「宮原、きみのゆっくり飛ぶ矢で、蒼貂熊の余裕を奪えるのか?

 多少は狙いが甘くても、速い矢の方が蒼貂熊の考える時間を奪えるのではないか?

 考える時間を奪わねば、反射的な反撃を誘えない」

 ……宮原も鴻巣に反論ができない。だけど、こんなこと、絶対に間違っている。


「並榎。お前の考えていることはわかる。だが、本調子でないお前が失敗し、篭原先生や生徒が喰われた時の責任はお前が取れるのか?

 落ちて死んだからチャラだとか、無責任なことを考えているんじゃないか?

 蒼貂熊に、上からの攻撃の成功体験を積ませるわけにはいかない。並榎が負傷を隠して行動し、そのせいで失敗したら、死んでいようが生きていようが俺たち全員が食われるのは完全にお前のせいだ」

 ……くっ。


「この作戦、成功させるためには上原を選ぶのがベストだ。俺がそう判断した。この責任は俺が負う。これに失敗したら、上原の親だろうが、喰われた誰かだろうが、マスコミだろうがみんな俺が対応する。刑務所にだって行く。死ねと言われたら死のう。

 責任論で絶句した並榎に、口を出す権利はない」

 僕は完全に打ちのめされて、膝と手のひらを床についた。


 鴻巣はズルい。その言い方はあまりにズルい。だけど、僕もあまりに無力だ。口で責任を取ることについてはまだ議論できる。だけど、そう、今の僕は真っ直ぐ立つこともおぼつかない。

 くそっ!


 赤羽がバリケードの外へ出ていったとき、それを見捨てる判断を鴻巣はしている。鴻巣は強すぎるほど強く、僕はあまりに情けない。

 そんな僕の横で、宮原が静かに啜り泣き始めていた。




あとがき

第49話 人類の強み2

に続きます。

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