第42話 持病
鴻巣の確認に、
「……ああ」
「どこを打ったんだ?」
「……まずは天井に腹側の全身を、次に床に背中側の全身を」
「高低差3mはあるぞ。それだけのことをされて、生きているのかよ。さすがラグビー部と言いたいところだけど、今さらだが大丈夫か?」
「頭は抱え込んで必死で守った。だけど、骨盤の骨が逝っている気がする。腰の痛み、半端ない。
……高校最後のトライがこうなるとはな」
「馬鹿、元々万年2回戦敗退で、花園出場ってタマでもなかっただろ。そんなことより、息を吹き込んでくれた命の恩人のこの女子に礼を言え」
僕はぼんやりとそこまで眺めたあと、宮原に聞いた。
「なんで五十部が死にかけてたんだ?
一体、なにをしたんだ?」
「並榎くんの肩に足をかけて、
「……ちょっと、なに言っているかわからない」
文字どおりの意味だ。宮原の言葉を混ぜ返したわけではない。
「文字どおりの意味よ。まず、だけど、松井さんが吹き矢班に志願した理由、知ってる?」
「知らないよ」
なんで帰宅部の松井さんが五十部が死にかけたことに関係するんだ?
「彼女、小学生の時から1型糖尿病で、自分で自分にインシュリン注射を打っていたの。今でも保健室で打っているらしいのよ。で、そのせいでやりたいこともできなくて、だからここで生きている証にと命を賭けて頑張ってくれたの。で、そのシリンジがあるから、なにかに使えないかって。
で、私たちが蒼貂熊を感電させている間に、細野くんがそのシリンジに梅干しの中の干した赤ジソを水で戻してその搾り汁を入れて、丸めた雑誌にガムテープで何本もくくりつけた。
それを持った五十部くん、バリケードを抜けるのにあの体格だから手間取って、でもラグビー部の1年に指示してくれて、3人が並榎くんに協力して蒼貂熊の腕を抑え込んだ。
で、バリケード抜けた五十部くんが、並榎くんの肩からジャンプして蒼貂熊を抑え込んでいる机を躱して、その腕にトライして注射を打った。今のシリンジはペンと言われるほど打つのが簡単になっていて、こういうの、やりやすかったみたい」
……すげぇ。
言葉も出ない。
五十部の行動もすげぇが、幸薄そうで行動力の欠片もないように見えていた松井にもそんな熱い血が流れていただなんて。ルッキズムは良くない。うん、マジで良くないな。
「ちなみに令和こそこそ話。井野くんは松井さんが好き」
ああ、納得。
こっちもすげぇや。
「……人には事情があるもんだねぇ」
ようやくそう口にした僕に、宮原はなんとか笑顔を作って見せてくれた。
3年生も1年生も全員がばたばたと動き回っている中、僕と宮原のところに鴻巣がやってきた。
「並榎、立てるか」
「開口一番、ソレかよ。鴻巣、お前、他にも言うことあるだろう?」
せっかく宮原の膝枕の上なのに、ぶち壊しやがって。
「数少ない戦闘力のある奴だからな。立ってもらわないと困る」
「僕以外のだれだって、みんな戦っているじゃねぇか。僕はたぶん肋骨が折れてる。もう、安静組に仲間入りだ」
なのに、鴻巣は僕の言葉をまるっと無視した。
「五十部にやられた蒼貂熊だが、地面に落ちなかった」
「どういうことだ?」
「屋上に登ったってことだ」
「……ヤベェじゃねぇかっ!?」
僕、あまりのことにがばっと上半身を起こしていた。痛たたたた、マジで脇腹が痛い。鴻巣の言葉と僕の苦鳴を聞いた宮原は、顔色が蒼白になった。
あとがき
第43話 泳がされていた……
に続きます。
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