第39話 弱点発見?
「で、赤羽、お前さんの梅干しはどういう意味だったんだ?」
次に僕は、視線を赤羽に移して聞く。
「俺は非常階段を降りて、保健室に向かった。氷と担架を持ち込もうとしてだ。で、不思議なことに、
「そりゃあ、運が良かったんだ。たまたま蒼貂熊が、こっちに注意を向けていたからな。あくまで結果論で、こちらで引きつけようと行動できてたわけじゃない」
「わかっているよ。俺だって自己責任で抜け出したんだ。そこまでは期待していねーよ」
「……すまない」
……僕は、余計なことを言ったかもしれないな。
「それより俺、窓から落ちた蒼貂熊を間近で見てきた。
そうしたら、これを見ろ」
そう言って突き出された赤羽のスマホの画面には、砲丸を食らって墜落死した蒼貂熊の姿が写っていた。
正直に言えば、死んだ蒼貂熊の頭部の画像だなんて、不気味だし怖いしで見たくはない。もともとスプラッタ耐性なんかないし。だけど、今回は見ないわけにも行かない。
おそるおそる見てみると、顔の中心には折れた矢。そして、その上にはめり込んだ砲丸。そして、右片側だけ膨れ上がっている。そして、そちら側にある3つの目のうちの1つは、組織が崩れてしまっているようだ。
「……なるほど。
これ、間藤と中島の吹き矢の戦果か」
「そうだ。そうとしか考えられない」
「梅に含まれる成分が、蒼貂熊には毒だ、と?」
だけど、僕の言葉を化学部の細野が否定した。
「アミダグリンか?
あれは青梅にならあるけど、梅干しにはないぞ」
「梅には、青酸化合物の毒があると聞いたけど?」
「だから、それがアミダグリンだ。塩漬けの間に分解されてしまうから、梅干しには残らない」
へー、そうなのか。
そこへ、鴻巣がスマホで取ったデータを見せてきた。
「農水省の蒼貂熊食害統計のデータだ。
梅の被害も相当あるな。青梅食って平気なら、梅干しが毒になるってこたぁないだろ」
僕、鴻巣には言いたいことが山のようにあったけど、とりあえずはこのことについて質問する。時間がないのだから、今は鴻巣の失態を責めるよりは情報を得たい。
「じゃあ、蒼貂熊のシソの食害は?」
さすがに食塩が毒ってのはありえないから、僕の質問は極めて具体的なものになる。これでもっと原材料の多い食品だったら、めんどくさいことになるところだった。
「統計には出ていないなあ。だけど、食われなかったからなのか、被害額が小さかったからなのかは調べようがない。だって、青シソなら一年中売っているけどきっとハウス栽培で市街地に近い。さすがに被害も少ないだろう。で、赤シソ畑は俺、見たことがない」
……なるほど。僕も見たことがないな。ウチの周りはけっこうな梅産地のはずなんだけどな。
まぁ、赤シソだって売っているからにはどこで作っているはずだ。だけど、あまりに限られた季節のみの生産で、市街地から離れた場所での生産だから、目に付きにくいんだろう。裏を返せば、蒼貂熊の食害も起きてないんじゃないか?
僕たちからしてみれば、食害がないってことの予測自体ができれば、それがもう価値のある情報なんだけどね。弱点発見ということで。
「で、感電して動きが止まっている間に、念を入れて毒を喰らわしたわけだな」
僕の確認に、赤羽がうなずく。
「そうだ。蒼貂熊が完全に死んでいると、自信を持って判断できるか?
電源を落とす決断ができるか?
蒼貂熊が賢いなら、死んだふりだってするだろう。なら、複数の手段でダメージを与えることを考えるべきだろ?」
うん、そのとおりだ、赤羽。そこにはなんの反論もないよ。
「で、赤羽。間藤の頭は冷やしてあげられているのか?」
僕の問いに、赤羽はなにかに耐えるように下唇を噛んだ。
「……ああ。どうせ氷も保冷剤もすぐ解けちゃうだろうけど、数時間はもつ。冷やしたからって気休め程度かもしれないけど、それでも確実にないよりはましだ。これで、少しは良い結果になると信じたい。それに、1年生の有志に、担架の練習をしてもらっている。
担架に怪我人を乗せて、狭い非常用階段を降りるのは難しい。間藤を担架からの転落事故で失ったら、絶対に納得がいかない……」
……赤羽、切実な顔するなぁ。気持ちはわかるけど。
誰もなにも言わない。
ここから抜け出したこと自体は褒められたことじゃないからだ。けれど、僕は数度、微かにうなずいていた。宮原が怪我をしたら、僕だって同じことをしてしまうかもしれないからだ。
あとがき
第40話 均衡せず
に続きます。
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