第38話 策の勝利


「ちょっと待て。映画なんかで感電すると、煙が上がって目玉が飛び出たりして、照明が瞬いて、最後はそれも消えてしまって……」

 僕の問いに行田はくすくすと笑った。


「ないない。2.5Wじゃ、水分の多い人体からは煙どころか湯気だって上がるもんか。身体の深部で火傷にはなるけど、な。で、そのくらいじゃ、ブレーカーが上がったりヒューズが飛んだりすることもない。だから、照明が瞬くなんてこと、あるはずがない。

 まぁ、電柱に登って感電すれば話は別だ。あそこには桁違いの6600Vが流れているし、そんなんが流れたら人体の抵抗も下がるから大電流が流れて煙も上がるけどな」

「じゃあ?」

 僕のいい加減な質問に、行田は答えてくれた。


蒼貂熊アオクズリは巨体だし、机の足が刺さって体内に入り込んでいる。足の裏の皮膚だって、水酸化ナトリウムで抵抗値が下がっている。こうなると、ざっくりでおよそ1kΩと見積もれば、100mA流れていることになる。人間なら即死しかねない電流量だ。それがこれだけの時間流れ続けているんだから、いくら蒼貂熊の巨体でもダメージは相当なはずだ。

 このまま動けないのをいいことに、じっくり死ぬまで感電し続けてもらおう」

「……なるほど」

 そう数字で説明されると、さすがに納得せざるをえない。

 視界の中の宮原が弓を下ろして一息ついた。聞き耳を立てていて、ようやく安心したのだろう。


「次の攻撃に備えないと……」

 他にも聞きたいことは山ほどあったけど、とりあえずは一番気になっていることを口にする。

「すぐ来るだろうな。だけど……」

「ん?」

「見てのとおりだ」

 ああ、なるほど。

 弓を下ろして、バリケード越しにあちこち覗いて、ようやく全体が見えた。


 蒼貂熊3頭の巨体が廊下を完全に塞いでいる。これは、下手なバリケードとは比べ物にならないほど頑強だ。次の攻撃が来るにせよ、まずは仲間の死体を片付けないことには入り込んでは来れない。かなり時間が稼げている状況と言っていいだろう。悪甘い臭いは耐え難いけど、安全と引き換えなら辛抱するしかない。


「じゃあ、話を戻そう。

 さっきの話ではクーロンという単位だったよな。今の話はアンペアって単位だったけど、違いは?」

 僕の質問に、行田はあっさりと答えた。

「電流に秒をかければクーロンだ」

「ああ、納得」

 そか。そういうことか。電流が多くても時間が短ければセーフ。電流が少なくとも長時間感電していればアウトということだ。極めて単純な話だな。


「で、後ろの1頭は、やはり感電したのか?」

「そうだ。先行した1頭と、動きを止めた1頭の間に身体をねじ込んで感電した。もしかしたら、自分も感電しながら動きを止めた前の奴を助けようとしたのかもしれない。そう考えると、蒼貂熊のバディシステム、かなり強固だな。

 だけど、前のヤツを助けようにも机の足が刺さっていて、簡単に腕を離せなかったからな。しかも足の裏、水酸化ナトリウムでぬるぬるで大電流が流れていて、そこへ後ろのヤツは身を挺して身体を突っ込んじまった。

 だから2頭そろって感電して、逃げ場もなく動けなくなっていて、まあ、『ここまでうまくいくとは』って感じだ」

「さすがだなぁ、行田。電撃とバリケードで2頭仕留めるとは……」

 思わず感嘆の声が漏れる。


「いいや、1頭目の手負いに感電させなかった、並榎の二段構えの策の勝利だ。それがなかったら、もっと状況は悪かった。絶対に、だ」

 そこまでのこともないとは思うけど、でも、そう言われると嬉しいもんだな。




あとがき

第39話 弱点発見?

に続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る