第31話 テリトリー
「……なるほど。
つまり、新たな無傷の
「そのとおりだ。瀕死の重傷のまま活かしておければ、他の蒼貂熊が襲ってこなかったかもしれない」
……なるほど。でももう、殺しちゃったぞ。
「それだけ、仲間内でも獲物に対する執着が激しいと……」
……その食い意地は、マジで恐ろしいな。
「その先有権のある2頭のうちの1頭が死に、もう1頭は……」
「もろに塩酸を頭からかぶったんだ。失明していてもおかしくない。だけど、負傷した蒼貂熊を仲間がどう扱うか、その知見はないらしい。半矢になった蒼貂熊は山の中に逃げ込んじゃうし、それを追い詰めて狩れた例は多くはないんだ。ましてや……」
岡部がそこまで話したとき、全員の顔色が変わった。
空気に悪甘い臭い混じり、鼻を突いたからだ。
岡部の言いたいことは、実地で知ることになりそうだった。
再び、蒼貂熊が襲ってくる。
蒼貂熊は蒼貂熊で、この時間の間に体勢を整えたに違いない。鴻巣が無言で大きく手を振り、3年生は一気に臨戦態勢に入った。
僕と宮原は、矢をつがえる。
陸上部の吹上が小走りにやってきて、ゴムチューブに固定されたキャッチャー・ミットに砲丸をセットし、バリケードに足を当てて踏ん張り、ボートを漕ぐときのように上半身を倒す体勢を取った。このまま背筋でゴムチューブを引っ張るつもりに違いない。僕の弓を引く体勢とは比べ物にならない力が出るはずだ。
で、いつの間にかゴムチューブにキャッチャー・ミットを縫い付けて固定したのは、間違いなく北本の仕事だ。家庭科部、なんて手際がいいんだ。
「とりあえず、今は赤羽のことはなにもできない。まずは俺たちが生き延びるぞ」
鴻巣の赤羽を切り捨てる宣言は、きっと誰もが心のなかでは思っていたことだ。だけど、あえて口にしたのは、みんなの良心の痛みをすべて引き受けると鴻巣は宣言したに等しい。
「そうだ。まずは俺たちが生き延びなければ、赤羽を助けることもできない」
僕の補足が、鴻巣の心を少しでも救うことを祈ろう。
そこへ井野と松井の2人がやってきて、バリケードの手前に膝をついた。その手にはアルミのパイプが握られている。
吹き矢の代替要員に志願したんだな。
僕は、この2人のことをよく知らない。
井野は帰宅部。教室の中で独り静かに本を読んでいるタイプだ。正直に言って、こういうところで志願してくる男子ではないと思っていた。責任感どうこうではなく、争いを好まない性格だと見ていたんだ。
松井
とにかく、これで戦闘態勢は整った。
次も撃退できると思うほど甘い考えにはなれない。だけど、無為に死ぬこともないんじゃないだろうか。刺し違えることはできれば満足だ。それでも、大戦果なんだから。どれだけの仲間がそれで救われることか。
遠い方の階段から、再び蒼貂熊が姿を現した。
……これ、さっきの塩酸を浴びせられた個体だ。さっき、岡部が疑問を呈していたよな。やっぱり、傷を負った個体が最前線に再び出てくるのは、蒼貂熊にとって
と、思ったのは一瞬だった。
あとがき
第32話 再襲来
に続きます。
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