第27話 再戦準備


 視線を廊下に戻すと、バスケ部の蔵野が両手を血まみれにして、がくがくと全身を震わせていた。怪我のためなのか、緊張が抜けているときの反応なのか、顔色は真っ白と言っていい感じでその原因がどちらかはわからない。


「……蔵野が、窓ガラスごと砲丸でダンクを決めた。手に持った砲丸が踵に触れるほど身体を反らして、ものすごい勢いだった」

 見ていたのだろう。同じく下唇を震わせながら、テニス部の佐野亜姫あきがなにがあったのかを教えてくれた。わりと図太い佐野にとっても、さすがにショックな光景だったに違いない。


「……マジか。

 蔵野の怪我は大丈夫か?」

 僕がそう小声で叫ぶのに、宮原雅依かえの声がかぶさった。

「それ以前に、割れた窓ガラスを塞いでっ!

 蔵野の血のニオイが漏れる!」

 うおっ、そのとおりだ!

 割れた窓ガラスは大きい。これを塞ぐとなると……。


「段ボールはないか?」

「窓を塞げる大きさのものはない!」

「これを使って!!」

 北本が持ってきたのは教室のカーテンだ。手早く外してきたらしい。

「これを二重以上にすれば、少しはマシなはずよ。なんなら、張ってからトイレで水を汲んできて濡らして。それで臭いはさらに少なくなる」

「どうやって窓枠にカーテンを留める?」

 そう聞いた奥の顔に向かって、鴻巣がガムテープを放る。生徒会本部室から、ずいぶんといろいろ持ち込んでいるんだなあ。


「これで早くっ!」

 鴻巣の言葉に、みんなで動いて、一瞬で窓は塞がれた。

「これ、濡らしたら重くてダメだぞ。ガムテでは落ちちゃう」

「1年のバリケードから机を間引いて窓に裏当てしよう。1年の避難している教室には、まだまだ机があったはず。ガムテは隙間を塞ぐために使ってくれ」

 すぐさま1年生のバリケードの一部が崩され、そこからの机が割れた窓ガラスの前に積み上げられた。そうなるとガムテより掲示板の押しピンが活躍して、カーテンは完全に固定された。


 1年生は広がった隙間から新たに机を送り出し、バリケードの補修に掛かっている。

 同時に中島には痛み止めが飲まされ、中島は健気に「これでもう大丈夫」と笑ってみせた。骨折の痛みがこんな薬で引くわけないのに、だ。

 蔵野の両手の傷口も洗われていた。そのあと、止血のために女子数人がハンカチで蔵野の手首を締め上げている。

 蔵野の鮮やかに赤い血は、僕の中に生じた安堵に警報を鳴らしていた。


 僕は、さっきの「弓と矢が手の中にないのは油断だった……」という悔いを思い出していた。もう、同じ失敗はしない。考えてみれば、窓の外で落ちて死んでいる蒼貂熊アオクズリに安心している場合じゃなかった。バリケードと窓下の来客玄関から挟み撃ちされるリスクだってあるんだ。


 僕は、弓の弦に矢筈をかけ、バリケードの前に立った。

 みんな忙しそうな中で、これが今の自分にできる、自分にしかできない最適解だ。

 そうしている間にもバリケードの机の脚にはゴムチューブが結び付けられ、その前の廊下にはたっぷりと水が撒かれて、水酸化ナトリウムが散らされた。


 僕の横に、同じく弓を持った宮原が立った。

「蔵野の手、ガラスを押し破るように割ったので、深い傷はないみたい。どの指も動くし、触られて感じないという場所もない。まぁ、消毒もままならないし傷口に残った破片も取れないけど、止血はできている。傷口が塞がったって意味じゃないけどね」

「ああ、言いたいとことはわかる」

 その言葉と一緒にため息が漏れそうになるのを、僕は前歯で食い止めた。手首なり肘なりの動脈を押さえて止血はしたけれど、ただ単にそれだけで治療はできていないってことだからだ。

くそ、ここでもまた追い込まれた。



あとがき

第28話 僕

に続きます。

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